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七月二十七日(縦走一日目)
沼平〜畑薙大吊橋〜横窪沢〜茶臼小屋

 今回の縦走の「自分ルール」として、デポ一切なし、サポート隊なし、補給のための下山 なし、というのがあります。この手の縦走をやる場合、大概は奥さんが荷 揚げして、途中で補給を受けていたり、もしくは補給のために下山してい たりしますが、そういうのは一切禁止です。で、荷物の中には十六泊分の 食料。重量は三十キロになりました。本当はもう少し背負いたいところで すが、僕の華奢な体格ではこれで精一杯。メモ用紙の一枚すら余計なもの は持つことができません。
 この、「自分ルール」の理由は、一つにはクリーンな登山がしたい、というのがあります。山行途中でどっかへ行ってしまったら、それは一つの登山ではなく複数の登山を体よく組み合わせたものになってしまう。そこは譲れなかった。自力でやるのが基本だと思ったからサポートしてくれる人も探さなかった。うまく計算すればデポなしでいける勝算もあった。

 今日の目標は横窪沢小屋です。もう少し上には茶臼小屋がありますが、茶 臼小屋までは標高差一六〇〇m。初日まだ何も食料が減っていない状態の一番重い荷物で標高差の一六〇〇mを登 りきるには、僕はもう少し年をとりすぎました。この標高差は二日にわけ て行くことにします。

 台風一過の好天に恵まれました。沼平からテクテクと歩き、五分ほどでゲー ト前へ到着します。登山届を提出して、ゲートのわきの歩行者用スペース を通ります。南アルプスをゆく人は大抵大きな荷物を背負っていますが、その中でも異様な大きさの荷物です。狭いゲートにひっかかってなかなか 通してもらえません。やっとの思いで隙間を通りぬけて、畑薙大吊橋へ向かいま す。
 畑薙湖は台風の爪あとを残して、流木が流れ込んでいます。大井川の清流も今日は濁流です。左手に眺める のは畑薙山。そして、高く遠い空。荷物は思ったほど重くありません。トボトボと林道を歩いているう ちに、東海フォレストのバスに追い越されます。車内は満車。沼平 の静けさは一体何なんだろうというくらい人が乗っています。続いてダン プカーが次々とやってきて、その度に後ろを気にしながら歩を進めます。 小一時間歩いたところで畑薙大吊橋へ。荷物が重いのでバランスが悪く、 渡るのに難儀します。

 畑薙ダムから直接茶臼岳へつきあげるこのルートは、いつの年に登っても人影が薄く、さびしいですが静かな山が楽しめます。少ししんどい登りを経て、ほぼコースタイム通りでヤレヤレ峠へやってき ました。この場所は展望はありませんが、この、南アでは貴重なベンチの上で荷物を一 旦下ろします。先にあわせておいた高度計は沼平より一〇〇m高い一一〇〇mを示しますが、悲 しいことに、これだけ登ってきた標高をこれからほぼ下り返してしまいます。しっ かり下りかえして、沢沿いを歩きます。南アルプス最南端の、豊かで清冽な美しい水。光がさしこんでキラキラします。
 轟音を立てている沢をつり橋で三 度渡って、向こう側に書いてあるのは「標高一〇〇〇m」の標識。これは悲しい。 結局今まで登った分を全部下り返してしまった計算です。

 左岸の川沿いを進んでい くと、まもなくウソッコ沢小屋に到着します。この場所ではじめて人と出会います が、僕が荷物を下ろしている間にあっという間に先へ行ってしまいました。 寂しい場所です。稜線の明るい登山道が天国だとすれば、この地の果てのような場所は地獄なのでしょうか。一条のキラキラが差し込み、そして天へと続く登山道が蜘蛛の糸。これから、あの天国のような稜線を目指す――

 ウソッコ沢小屋から二、三分先に行ったところに、例年であれば水場が設置されています。これが、このルートまず第一の楽しみです。しかし、今年は水場のバケツがひっくり返して置いてあり、水は出て いませんでした。この、うまい水を楽しみにしてきているのに、何という ことでしょうか。
 南アルプスの水はどこもおいしいですが、筆頭は静高平。ここは出ていないことも多い飲めたら幸運な水場。ウソッコ沢の水場は甲斐駒七丈小屋などと並んで二番手グループには入るでしょう。

 ウソッコ沢を過ぎると沢を離れ、黙々と横窪峠まで標高を稼いでいきます。 無駄なエネルギーを使わないように、そして、足にダメージを増やさないように、そうっと、そうっと足をはこびます。今日はあまり日差しが強くなく、さほど暑くありません。歩くには都合の いい気候です。が、今回はカーボローディングに失敗していますので心配 です。カーボローディングといえば格好いいですが、要するに重荷を背負っ て山へ入る日の前の日に、スパゲッティを腹一杯食うだけ、という、書い てしまえばなあんだ、という程度のものです。効能は、要するに筋肉中に 運動のためのエネルギーを貯めてやる、ということで、僕としてはたぶん 効き目はあるだろう、と信じています。カーボローディングのための食材 としてはパスタが一番良質だそうで、ホノルルマラソンなんかでも前夜に はパスタが振舞われる、と聞いたことがあります。で、どう失敗したのか というと、どうせ明日は台風、と信じ込んで、夕食をパスタにしなかった どころか、泳ぎにいくべえ、とばかりにプールに行ってきたのです。それ も、涼みにいくだけのつもりが、ついつい調子こいて一キロも泳いでしま いました…カーボローディングどころか体内カーボン使いきり状態なので す。少しペースは遅めに設定しますと、今のところ昨日運動してエネルギー を消費してきた影響は出てこない様子です。

あまりしんどくない登りをこなしているうちに、思ったより早く横窪峠に 到着です。ここから下りはじめるとすぐ横窪沢小屋が出てきます。静かな 南アルプスでも特に静かな小屋。沢あいの広くなったところに立つ、緑の 映える高原風の山小屋です。決して小さくはありませんが、あまりこの小屋が大入りになった話というのは聞いたことがありません。
 横窪沢で水を補給して、小屋番さんにお呼ばれします。休んでいきなさい と言うので、遠慮なく休みに入ります。この場所は何度か通過していますが、横窪沢の、小屋の中に入ったのは 今回がはじめてです。今日は時間的に余裕があるので、とりあえずコーヒー でも、と思ってメニューに書いてないコーヒーを頼むと二〇〇円。なんか えらい安いな、と思ったらインスタントでした。僕は違いのわからない男 なので別にインスタントでも安けりゃいいのですが、溶け残ってますから… 残念。

 さて、今日の行程をどうするか決断しなけばならない時間がやってきました。今現在の時刻は お昼で、茶臼小屋まではあと三時間、八〇〇mののぼり。今日は横窪沢に 泊まっても、茶臼小屋に泊まっても、明日の泊まりは聖平でおんなじです。で も、せっかくの台風一過の好天。明日の日の出が見たい。幸いにも足はま だ全くもって余裕です。となれば、行くしかないでしょう。ここは先へ進 むことにします。
 再び淡々と登る単調な登りですが、もう下のほうの沢合いの雰囲気はありません。まだ稜線は遠いですが、それでも地面が乾いてきてだいぶ高度を稼いだことがわかります。手元の高度計が二五〇〇mを指すようになり、少し空が広 くなってくるとまもなく左手に茶臼小屋のトイレが見えてまいります。そ して、すぐ正面に茶臼小屋が見える。

 ここまでくると、南アルプスへ帰ってきた!という感じがします。
 去年は大病をして、ほとんど山らしい山はできなかった。
 一昨年は北アルプスへ浮気をして、浮気した罰か初日から散々雨に降られ てほうほうの体で帰ってきた。南アルプスは、実に三年ぶりです。久しぶ りに帰ってきた我が家のようです。

 茶臼小屋には、人影らしきものはありませんでした。ここは南アルプスでも寂しいほうの場所と はいえ、はてこんなにさびれた場所だったろうか。易老渡に聖光小屋がで きて、光岳往復組のメインルートが茶臼側から易老渡往復に変わってみる と、上河内岳というマイナーな、しかしすばらしいピークしか持たない茶 臼小屋を根城にする人はいなくなってしまった、というのが真相か。しか し、茶臼小屋は普通に畑薙から上がってくれば、メインのルートのはず。 よくよく考えてみると寂しいものではないか。こうやって、少しでも百名 山から外れてしまうと、静かな登山が楽しめる、を通り越して、寂しすぎ て怖い位の人気のなさを感じる、というのはいかがなものだろうか。

 人がいなくなったせいなのか、人がいないせいなのかは知りませんが、茶 臼小屋でテントの受付をすると、小屋へ招き入れてくれて、お茶を出して お菓子まで出してくれました。小一時間ゆっくりおしゃべりをして、また 色々な話を聞けました。小屋番からの話というものは貴重で、百人の登山 者と話しても聞けないような裏話がいろいろ聞けたりするものです。やは り小屋はすいているときに、小さい小屋に泊まるに限る。北アの、一夜に三〇〇〇 人も泊まるような小屋に泊まったところで、一万円札大枚をはたくほどの 話はきけないでしょう。
 で、よくよく領収書をみてみますと、「夕食のみ」という項目があります。 南アでも夕食のみ小屋で、寝るところはテントなんていう選択ができるよ うになったんですね。いろいろ思うところはありますが、まあ感慨深いも のです。

 タダでお茶を飲ませてもらうのは忍びないので、缶ビールを一本買ってテ ントの設営をします。が、うっかりしてポールに力を入れすぎてポールを 曲げてしまいます。まだ初日だというのに先が思いやられます。少し手で 戻しますが、ポールを折ってしまったりすると最悪なので軽く力をかける だけにしておきます。結果、とりあえず縦走には支障のない程度には復元 しました。で、テントの次はラジオです。なんとかテントを張って、さあ これでゆっくりできるぞ、と思ったらラジオが壊れています。入山前にラ ジオの調子はチェックしたのですが、まあ何年も山行をともにした機械。 ついにダメな日がきてしまった、という感じです。それにしても、何も初 日に壊れなくてもいいのに。これでは気象通報も天気予報も取れません。 観天望気と山小屋と通り過ぎる登山者からのあまり信用できない情報に頼 るしかなくなってしまいました。とりあえず、先ほどの山小屋情報によれ ば、明日は好天のようで一安心です。

 縦走というのは通常一番重荷で一番標高差の大きい初日が一番しんどいことになっています。特に南アルプスはどこから登っても標高差が大きいし、どうしても日程が長くなるから荷物も重い。トクベツにしんどい思いをすることになるでしょう。でも、それが南アルプスの関所。誰もがしんどい思いで登るルート。時間を気にせずに、体力を小出しにして耐えて歩く。それを乗り越えた人が稜線の天国のようなトレイルを歩くことができる。
今日はしんどい一日になる筈でしたが、体力的には意外と余裕がありました。もう 二kgくらいは背負えたかな、という感覚もありますが、わざわざ荷を増 やして苦しい思いをする必要はないし、それに、まだ先は長い。二kgの 差がきっとじわじわと効いてくるはずです。


*コースガイド

本文でも書いたとおり、聖光小屋ができて以来、畑薙大吊橋から茶臼岳間 はずいぶん人が減って、静かな山旅が楽しめるというよりも人気があまり にも少なくて怖いくらいの印象になりました。今回はのぼりで約七時間歩 いた間にであった人はたった一人。以前よりもトレイルの明瞭度も下がっ たように思います。

コース上にとくに危険なところはないと思いますが、ウソッコ沢小屋へ出 るまでは片側が切れ落ちている部分が多いので、変な転倒はしないよう気をつけてください。ウソッ コ沢まで上がってしまえば、あとは木の根につまづいて転ぶ可能性がある 位の危険性しかありません。

単調な登りですので、高度計があるといいと思います。

水場はウソッコ沢、横窪沢小屋前、水呑場、茶臼小屋と要所にありますの で、あまりいっぱい水を持つ必要はないと思います。

気温が高い年日差しが強い年は、とくに出だしの標高があまり高くありま せんので、タオルを濡らして気化熱で頭を冷やすなどの対策を講じた方が いいでしょうし、それが割とやりやすいだけ水場があるルートでもあると いえるでしょう。体力任せに登るとしんどいルートですが、うまく登れば 意外とあっけなく茶臼小屋までたどりつくのではないかと思います。

区切り線
写真 沼平の駐車場はこんな感じでとてもシーズン中とは思えない位閑散としていました
写真 花です
写真 林道をテクテクと歩くこと1時間で畑薙大吊橋にやってきます
写真 花です
写真 畑薙大吊橋の直前のあずまや
写真 ヤレヤレ峠に到着です
写真 ウソッコ沢小屋
写真 ウソッコ沢小屋の内部の様子
写真 横窪峠にやってきました
写真 水呑場の水のようす。このときは出ていましたが、通常出ていないことの方が多いと思います
写真 花です
写真 茶臼小屋の様子
写真 茶臼小屋で、記念写真をとってもらいました。出発時はまだ太ってた!それに、荷物が歩荷みたいです。
写真
写真
写真 花。クルマユリです


最終更新日: 2016/07/22 by htmltophp.php




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