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八月五日(縦走一〇日目)  
七丈小屋〜竹宇駒ケ岳神社〜長坂駅〜ロッジ山旅

 今日は南アルプスに別れを告げ、黒戸尾根をくだって下界へおりる。大半が下界の車道歩き。しんどい一日になります。
 宿泊予定地は、長沢さんのロッジ山旅。わけあってつきあいのあるペンションです。長く山をやっている人であれば、おそらく一度は名前を聞いているか、そうでなくともオーナーの書いた記事に目を通したこと位はあることでしょう。この、たまたまつきあいのあったペンションが、はかったように南アルプス北端と八ヶ岳南端の、まんまん中に存在した。これで、どれほど計画が助かったことだろう。もしここがなければ、まあ順当にいっても野宿で水の調達にも困ることになる。それがたまたまこの位置にあったから、甲斐駒から八ヶ岳の間の道路の状況も知ることになったし、今日も食事が出て、風呂に入れて、なおかつ酒が飲める。僕のことだから改めて説明するまでもなく一番最後のがいちばん重要なわけなのだが、ずっと知人のいないひとりきりの登山。知人と顔をあわせるだけでもオアシスになることでしょう。昨日、小屋から電話して一四時に予約を入れました。

 昨日の小屋での話しによると、今日はまだ引き上げられていないおろくさん(遺体)の脇を通ることになります。 遺体ですから、できれば見たくありません。はしごや鎖がいっぱいですからどうしても周囲に注意がいきますが、できるだけ見つけないように注意しながら下って五合目の小屋の前に やってきました。無事に見ないで通り過ぎることができたようで す。
 あとは一目散に下山するばかりです。三合目の刃渡りを通過すれば、あとは危険なところはありません。一度休憩に入ろうということで、ここでコーヒーを沸かして淹れます。少し歩くと、 同宿の人が次々と追い越していきました。で、竹宇と横手の分岐を過ぎた あたりでしょうか。前を歩いている人が突然ハチにやられた、などと言い 出します。えっと思って下がろうとしたときには時すでに遅し。僕も足元 を二箇所やられてしまいました。地蜂で毒性は強くないそうですが、これ は気持ちよくありません。それにしても、飛んでいるやつが小さい分だけ 警戒もできませんでした。今年は僕は登山八年目ですから、ハチには縁が あるとか何とかいって、痛みをこらえて下山します。
 さて、思ったよりも下山が遅い時間になってしまいました。七丈小屋から 下山に丸々四時間。もう九時もまわっています。急がないと予約の時間に間に合いません。いや、多少は間に合わなくてもいいのですが、早い時間についてゆっくり酒がのみたい。先を急ぐことにします。

 竹宇駒ケ岳神社から先は舗装道路歩きになります。登山口の標高は八〇〇m。 標高三〇〇〇mの山頂から比べると十三度前後気温が高い。しかもアスファ ルトですから照り返します。さらに都合のいいことに今日はいままでで 最もいい天気になりました。もうなりふり構ってはいられません。腕を水で濡らし、タオルをかぶって歩きます。道路をフラフラあっちこっち移動して日陰を選んで歩きますが、今顔が濡れているのがさっき濡らしてきた水だか流れ出た汗だかわからない状態になってしまいました。時計についた温度計もこの世のものとは思えない温度を示しています。
 歩いてい ると、親切な人が声をかけてくれました。乗っていきませんか?って。だっ て、バス一〇時でしょ?うーん、バスの時刻を知っているとはタダ者では ないな。でも、ごめんなさい。歩くのがルールだから、それにバスには乗 りません。丁重にお断りして、再びテクテクと歩きます。なんでこんなことやってるんだろう。断らなければ、今頃エアコンのついた車の中。さっき駒ケ岳神社の裏の川で、おおぜい水浴びしてた。あれこそがまっとうな真人間の姿であって、なんかもう薄汚れたタオルをかぶってこんなことをやってるのがバカみたいです。ちらっとふりかえると甲斐駒が見えたりするのがまた悔しいのです。山の上を歩くのは登山だが、こんな舗装道路を歩くのは登山ではなくてただの見世物です。あの山の上は半袖では寒いくらいなのに、なんかもう一週間分くらい汗を搾られて熱射病と戦っている。悔しいから今日は通り過ぎる自販機という自販機でジュース買って、糖尿病になるまで飲みまくってやるからな。覚悟しとけ。

 ちなみに、僕、この舗装道 路歩き、過去にも一度やったことがあります…こんなところ二度も歩いた果てしないバカは、 多分鐘や太鼓で探し回っても僕一人でしょう。

 小一時間歩くと道の 駅はくしゅうに出ます。晴れていれば正面に八ヶ岳が一望で、ふりかえると甲斐駒が見える道の駅です。そして、甲斐駒を源流とする天然水が飲める場所ですから、登山と関係なく車でぶらりとくるだけでもアメイジングでしょう。
 今日はこの一角にあるスーパーで買い物です。山行中 は交通機関での移動は禁止ですから、買い物のチャンスは、歩いて通りが かる店だけに限られます。従って、買い物ができる場所はここと松本のI CIイシイスポーツの二箇所、あとは道中に何箇所かあるコンビニ位しか ありません。買い物リストは一昨日全部 荷物を広げて、漏れのないように作ってあります。店内はエアコンが効い ていて快適ですが、こんなところでのんびりしている暇はありません。買 い物はさっと済ませます。で、何を買ったかというと、食料品と、トイレッ トペーパー。そうです。トイレットペーパーが完全にピンチなのです。僕 も荷物をチェックしたとき、十四日間の山行でも新品一ロールで足りたの で、トイレットペーパーが消耗品だという意識がすっとんでいました。カ レーを食べた後、同じ食器に味噌汁を入れ ます。で、そのまま飲むと、カレーの味はわかりませんし、食器は概ね綺 麗になります。あとは軽く一拭きで済むのですが、それでもダメだったの です。
 ものがトイレットペーパーですから、どっかのトイレから拝借してくる手 もありますが、窃盗はいけません。スポーツマンシップに反する行為はレッ ドカードで山行中止です(ちなみに、登山がスポーツであるかどうかの議 論はここでは受け付けません)
 あとは二ロールあれば足りるのですが、売っているのは一二ロールと四ロー ル。しかも四ロールの方が値段が高い。仕方がありません。残りはロッジ山旅に寄付することにして、一二ロールを購入します。これをザッ クに入れたもんだから、やたらでかく見えます。 そして、長い山行でカルシウム不足ですから牛乳とチーズを買った のですが、これがかなり重量を稼いでいます。この牛乳をザックの小脇に さして、ちびちびとやる…つもりだったのですが、口をつけたら止まりま せん。一口で終了です。もう一本買っておけば良かったと思っても後の祭 りです。

 とにかく、この、一〇五Lのザックの天蓋からトイレットペーパーがはみだしているというみっともない姿で長坂駅を目指しました。もう、何をやってる人なのか、見た目ではわかりません。よく、ザックに「太平洋〜日本海、縦走中」とか、布をつけてる人がいますが、僕はそういうのを作れるほど小器用ではないので、その類はしていない。あれはあれで晒し者感がありますが、説明書きがないと、交番があったら呼び込み(職務質問)されそうな風貌です。

 さっき、道の駅の向かいの自販機でジュースを買いました。首筋を冷やして、一瞬だけひんやります。そして、再び蒸し返すアスファルトを歩きます。すこし日がかげったので最悪の状況は脱しますが、飲み物の減りは早いのです。今日は通過するすべての自販機でジュースを買う予定なのですが、なかなか次の自販機がやってきません。周囲はどんどん人気がなくなっていき、道路は山をのぼりはじめます。過去の記憶をたどります。前回は水が空の状態で歩いたから、どっかで何か買っているはず。はずですが、思い出せません。思考力も落ちています。とあるカーブをこえて、もう、思い出せないくらい自販機は遠いんだ、と思ったときに力は尽きました。

 座ってしまいました。荷物を置いて、ひざをかかえて、座ってしまったのです。

 座ってしまったらもう、立ち上がることができないような気がした。だから、ずっと座らないようにしていた。あたりを見回してみても、ただの農村です。何があるわけでもないし、山の上のように景色を眺めて功徳があるわけでもない。目を閉じると南アルプスの稜線が目にうかびます。そこには、原色の、青と、白と、緑と、灰色しかない。つい昨日まであそこにいた。僕は南アルプスを愛しているし、南アルプスの縦走は苦しいものだと心得ている。でもこの道路歩きは南アルプスとは関係ない。こんなところは歩かなくてもいいのではないか。

 何か、いいものがザックから出てこないかと思ってちらと横を見た。僕の胴回りの倍はありそうな、笑ってしまうほど大きいザックがそこにはいた。

 苦しいときはいつもこのザックと一緒だった。座り込んだ日なんか片手できかないほど経験している。誰と一緒に歩いているわけではないけれども、このザックに書かれた三桁の数字は、苦しさとの覚悟と契り。背負ったときは絶対負けたくない。はみだしたトイレットペーパーを持って、今日は長沢さんと会わなければいけない。
 ザックからはブドウ糖が出てきた。これを口に入れて、ザックを背負います。一歩、足が前に出た。一歩出れば、あとは歩けます。

 ほどなくして長坂駅へやってきました。竹宇からは三時間三〇分。約束の時間まではあと一時間少々です。たぶん、頑張らないと間に合わないでしょう。ここから先は、逆方向から徒歩でやってきたことがあります。雲取山から入って、奥秩父の稜線をこえて清里駅まで歩いた。これは有名な奥秩父縦走ですが、頭のネジが1本足りないので、その後清里駅から長坂駅まで歩いた。だから、いまんとこ南アルプスと高尾山あたりまでは赤線つづき。もう少し南へ歩ければ、自宅と南アルプスが繋がる。とまあバカな経験をここでもやっているわけなのですが、そのときは下りだったから重さも坂道も苦ではなかった。足のダメージも軽かった。だが、今度は登りです。ペースがあがりません。いけどもいけども先が見えてきません。おまけに長坂IC付近まで歩いてきたら、今度は雨です。あ わてて雨具を着込みます。予約の二時どころか、西井出地内に入ったときにはすでに 三時を回っていました。こりゃやばい。あわてて携帯電話を取り出して予 定より遅れる旨を連絡します。

 斜面はそれなりの上り坂。登山靴で歩くにはしんどい距離になってきました。かかとはもう痛みがひどくこらえています。最後まであきらめないのが高校野球、とかワケのわか んないことを口にしながら歩きますが、もうダメです。もう本当に目の前なのがわかっているのに、野菜の直売所の前 で荷物を投げ出します。とにかく強い日差しと水不足と、アスファルトの 硬い路面に参りました。なんだかんだいって、行動時間一一時間。 結局今日が一番キツい日になってしまいました。
 ザックを漁ると、ブドウ糖が出てきました。こういうモノが出てくるかどうかが、百戦錬磨かどうかの分かれ目だと信じている。とりあえず、ブドウ糖を 口のなかにつっこみます。少し休んで、ちょっとだけ歩く気になりました。 で、ちょっとだけ歩いて、で、またザックを放り投げます。時間は進むのです が、足は進んでいきません。もうクルマでくれば、三つ目の角を左へ曲がって、くらいの距離しか残っていないのです。歩いても、一時間は絶対かからない。
 今、手元に携帯電話があります。こいつをリダイヤルすると、ロッジ山旅に繋がる。送迎もやってるから、今テニスコート入り口の看板のところ、なんて言えば喜んで迎えにきてくれるだろう。でもきっと一生言われる。だから這ってでも歩くことにした。

 ほどなくして、ちょっと道迷いしましたが過去の記憶を頼 りにロッジ山旅までやってまいりました。いきつけですが、車でくるのと歩いてくるのではだいぶ感覚が違いました。時間は、確か四時二〇分か三〇 分頃だったと思います。倒れこむようにしてドアをくぐりますが、もう明 日歩けるような体力は残っていません。足が、もうとても自分の体にくっついている部品とは思えないような感覚です。もう、連泊ですね。今日は二日酔いになるまでたんまり飲んで、明日一日足の回復をして、明後日出て行く。

 ですが、風呂へ入ればいいアイデアが浮かぶものです。一〇日ぶ りの風呂でしっかりくつろいで、ゆっくりお湯につかります。見るのも辛くなった足は、建物の中を歩けるくらいに回復しました。
 ここは一応 下界の宿ですから朝食の時間も遅く、必然的に出発も遅くなります。明日 はキレット小屋の予定でしたが、これを天女山までに変更して、天女山で 闇テントにすることにします。で、その次の日にキレット小屋まで歩く。こうすれば、明日は徒歩三時間弱。ゆっくり出ていけば十分 だし、しんどい足でもなんとか歩けて休養にもなる。翌日も五時間台だか らそんなには苦しまずに上がれるだろう。朝の出発が遅くなるのもこれで カバーできます。全てはうまくまとまり、概ね明日からの予定は決定です。 あとは、久々の下界。飲むだけだ〜モードに突入します。もうどの位飲んだかも、ちゃんとお金払ったかどうかも覚えていない位飲みました。まあ、今の所文句言ってこないということは、たぶん払ったのだと思います。

*コースガイド

 七丈小屋〜竹宇駒ケ岳神社までは登山道、竹宇駒ケ岳神社〜長坂駅〜ロッ ジ山旅間は舗装道路になります。

 七丈小屋から竹宇方向にくだりますと、五合目までのおよそ一時間は緊張 を強いられる鎖梯子の連続となります。これが、朝一のまだ体が目覚めて いない時間の下りになりますから、普段あまり準備運動をしない人も、こ の日ばかりは体と脳をほぐしてから出かけた方がいいかもしれません。五 合目を過ぎるとしばらくは危険性のない道ですが、三合目付近刀利天狗を 過ぎるあたりに、刃渡りという難所があります。今はしっかり鎖がついて しまっているので、鎖から手を放しさえしなければ落ちる心配はありませ んが、ここではかつて死亡事故もあったところなので慎重に通過してくだ さい。潅木があるのでほとんど恐怖感らしきものはないと思いますが、逆 にそれが落とし穴です。

 竹宇駒ケ岳神社からは車道歩きになります。歩道がありませんので車に轢 かれないよう注意しながら歩きます。バス停やスーパーマーケットのある白須信号までは 徒歩一時間です。
 白須信号まで歩けば水分モノは買うことが可能です(自 販機もあるので一応二十四時間大丈夫)白須信号から長坂駅までは、地図を 見ながらでないと道迷いしそうなルートで、この区間は結構なのぼりがあ ります。山へ入ると自販機の類はなくなりますが、太陽の照り返し具合に よっては予想以上の水分消耗もありうると思いますから、予め多めの水を 持っておくのが安全でしょう。白須信号から長坂駅まではだいたい徒歩二 時間三〇分です。

 長坂駅からロッジ山旅へは、これも厳しい登り坂になります。中央道長坂 ICの前に「オギノ」というスーパーがあり、日用品から着替えまで大抵 のものはそろうと思います。ルート沿いには薬局や酒店もありました。この区間を徒歩でいきますと、だいたい三時間くらいかかるものと推察さ れます。
 ちなみに、念のため書いておきますと、長坂駅からロッジ山旅まで歩くの はバカチンのやることで、たぶん山旅でも前代未聞のお客さんだったこと でしょう。普通は白須バス停からバスに乗って(もしくは竹宇駒ケ岳神社 からタクシーを頼んで)韮崎駅へ出て、韮崎駅から小淵沢経由で甲斐大泉 駅へ出ます。ロッジ山旅では送迎もやってますから、あとは電話して迎え にきてもらえばいいでしょう。

ロッジ山旅
http://www1.ocn.ne.jp/~yamatabi/

区切り線
写真 えっと、この日は写真1枚だけで恐縮ですが、それもこんな写真で恐縮ですが、キノコです…決して食べないでください。


最終更新日: 2016/07/22 by htmltophp.php




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