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八月十四日(縦走十九日目) 
殺生ヒュッテ〜槍の肩〜樅沢岳〜双六山荘〜三俣山荘

 一昨年の秋、過労でたおれた。
 それから一年近く、昼頃起きて、たまさか調子がよければテレビをつけて、そして夕方寝るような生活を余儀なくされた。テレビなんか見る習慣はなかったので、はじめてテレビを買った。読書もできず、勿論山へでかけようなどという気にはならないが車の運転も禁止された。アルコールも禁止された。命まで落とさなかったことだけが幸いだった。
 大きな声ではいえないが、山行中もアルコールは完全にOKだったわけではない。今も、長時間パソコンに向かうことは禁止されている。この原稿も、相当に長い時間吟味されて書かれたものである。

 あるとき、つけていたテレビで、丹沢の塔ノ岳という山から中継をしていた。塔ノ岳といえば、丹沢の 一番表側の、たいした面白みもない山の代表のような山です。僕は一〇回弱くらい登 頂しているのですが、正直いって塔はもういいや、と思っていました。
 いつ山へいけるようになるのかわからないような状況で毎日を過ごしていて、その中 継を見たときに、過去の登頂経験を思い出して、そして思ったのは「塔ノ岳へ行きたい」 ということ。たいした面白みはなくても、山はやっぱり山でした。
そして、それは山へいけなくなってはじめてわかる。山を選り好みして、あの山はつ まんないなどと言い出すのは贅沢なんだと。
 長い病床で、山をはじめた初期に登った山を回想した。もう、再び山に登れる日がくるとは思っていなかった。まして、槍までやってこれるとは想像さえできなかった。
 最初にアルプス巡りをして登った山は槍ヶ岳だった。八年前の話だから、人生でも一昔前のことである。上高地から入って、初日はババ平にテントを張った。二日目は槍ケ岳山荘まであがったが、その、つきぬけるような秋の青空と、どこまでも続く長いガレとに驚かされた。そして、穂先の目の前でテントを張って夕日を眺めた。そのときの星空のすばらしさを、今でもよく覚えています。僕の住んでいるところは都会というほどではないけれど、それでももう星空を見ることはかなわなくなった。山へくると、星の数に驚かされるものである。

 夜半に起きだしてみると、綺麗な星空が見えました。そして、槍も見えてい ます。予想通り今日は天気も回復したようです。あのときの星空を、再び自分の目で実際に見ることができました。
 山、それも高い山では雨より晴れが断然いい。今日は晴れの中を歩くことがわかっていれば、精神的にも安心です。明け方まであと少し。もう一眠りすることにします。
 さて、朝になって、出発… と思って再びテントの外を見ると、槍はガスの中でした。おかしい。こんな 筈じゃなかったのに。でも天気をどうにかすることはできません。テントを 片付けて出発です。殺生から槍の肩までは四〇分となっていますが、 もう少し時間がかかりました。

 槍から剱を目指した、三年前のことを覚えているでしょうか。あの時は、上高地から入って、殺生 まで大雨。着ているものを濡らしてしまって、寒い一夜を過ごしました。そ して翌日槍をこえて、多分足を冷やしてしまったせいもあると思います。樅 沢岳から双六小屋へ行ったところで足を痛めてリタイヤ。辛い思いをしまし た。あのときと全く同じ行動を取っています。ただ一つ違うのは、前回は槍 の肩へきたときは見事な晴れだったのに、今回は見事な霧だということです。 この霧では、すでに三度か四度か登頂している槍のことです。登っても仕方 ありません。まあ、二回目以降は肩まで行けば登頂と認定してもいいでしょ う。今回は、肩まできておきながら目の前の槍の山頂はパスすることにしま した。槍の穂先へはのぼらずに、千丈沢乗越方向へ下ります。周囲は大ガスで気持ちよくありません。 慎重にルート取りをして、千丈沢乗越を過ぎたあたりでふりかえると、穂先 までクリアな槍が良く見えます。北鎌尾根もくっきりと見えています。がっ かりです。こんなことならあと一時間遅く出発するんだった、と言っても後 の祭りです。今から引き返すわけにもいかず、とにかく先へ進むことにしま す。
 西鎌尾根にはいくつか鎖がかかっていますが、まあ普通に通過すれば特に問 題はないでしょう。硫黄乗越あたりで今日の目標地点、三俣山荘がむこうに 見えてきます。まだだいぶ遠いようです。ここからしっかり登らされて、樅 沢岳まで登れば双六小屋は目の前です。
 双六小屋ではすでに生ビールを飲んでいる人がいました。が、よくよく話を 聞いてみるとこれから下山するのだとか。下山する前にはビールは飲んじゃ いけないよな。僕はまだもう少し歩きますから、飲みたいところをぐっと我 慢して昼食だけにします。そして、またばんそうこうを貼り貼りします。も う擦れたところは二〇箇所以上。ばんそうこうを貼ったところは回復してい るのですが、次々い新しい靴擦れが増えていきます。とても全部にはばんそ うこうは貼れません。かといって、貼らなければいつまでも擦れ続けて治っ てはくれません。とにかく、歩くのに支障があるところだけでも貼っておく ことにします。

 今日は槍の山頂に立てなかった。いや厳密には立たなかった、その代わりと いってはなんだが、せめて双六岳の山頂に立っておこう、と思ったのですが、 双六岳もガスってきました。地図を見るとタイムはのぼり一時間一〇分になっ ています。のぼりで一時間一〇分はちょっとしんどい。残念ですが、諦めて 巻き道を行くことにします。巻き道の中間位で雨がやってきます。島々で天 気予報はチェックして、初日は雨だがそのあとはずっと晴れることを確認し てきたのですが、また雨にあたってしまいました。雨具を着込んで歩き出し ます。

 この巻き道、意外とアップダウンがあって苦しみます。双六小屋から三俣山 荘まではは三時間弱のみちのり。まあ、もうすこし頑張れば、と思って先に 進みます。登山道は整備中のようで、真新しい杭とロープが張ってありまし た。単独の若いおねえさんが追い越していきます。
間もなく三俣山荘に到着です。天気さえ良ければ鷲羽岳登頂、という手もあ りますが、この雨の中登っても仕方のないことでしょう。今回は鷲羽はパス することにします。
 テントは一番下の、小屋に一番近いスペースに張れました。雨もあがったので、気休めで すがだいぶ濡れてしまったシュラフと衣類を干します。その間に小屋へ行っ ておしゃべりしていると、再び雨がふりはじめてくるではありませんか。こ りゃまずいと思ってすぐテントに戻ります。が、靴擦れがひどくて走れませ ん。ロボット歩きでテントに戻ってみると、もう表面はびしょびしょでした。 中まで濡れていなかったのは幸いでしたが、結局今日も濡れたシュラフで寝 ることになってしまいます。結局このあと、ずっと雨は降り続いたようです。

区切り線
写真 西鎌尾根の様子です。
写真 槍からガスがとれました。ようやく槍を見ることができます。でも、鑓に戻って登頂をやり直したいところです。
写真
写真 あれに見えるが三俣山荘。その向こうは鷲羽ですがガスの中


最終更新日: 2016/07/22 by htmltophp.php




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