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八月二十日(縦走二十五日目) 
キレット小屋〜五竜岳〜唐松岳〜八方池=第二郷の湯〜八方信号先

 ここ二、三日、逡巡していました。登山者の定番である昭文社の地図では、登山道が二種類の線で書かれています。赤実線でひかれた一般登山道と、赤破線でかかれた難路。稜線にそってまっすぐ歩いていくと、不帰(かえらず)のキレットという赤破線のルートをたどることになります。どちらかといえば僕は臆病なほうなので、破線ルートは通りたくない。まあ、越えれば越えられるでしょうが、だいた いにして、行って無事に帰ってきた人は「たいしたことないよ」って言う ものです。が、逝って死んじゃった人は何も言いません。かくして、「た いしたことないよ」だけが一人歩きします。
 僕は一時期山岳会に所属していて、岩や沢へも連れて行ってもらった経験がある。あるのだが、正直臆病者の自分にはできない世界と感じた。不帰や大キレットといった難易度の高い稜線は、僕の範疇ではないような気がしたのだ。
 荷物も重荷でバランスも悪いですし、荷物のサイズも大きいですからどっ かにひっかけないとは限りません。疲れも溜まっています。従って、不帰 のキレットは出発当初から越えることは考えていませんでした。

 と、いうことは、左へ行くか、右へ行くかしかありません。

 山の中を歩くのであれば、左側、祖母谷(ばばだに)へおりて、白馬岳へのぼり かえすのが順当でしょう。祖母谷から白馬岳間はそんなに悪いルートでは ないようなのです。でも、唐松から祖母谷間が、地図には「一般的ではな い」とはっきり書かれています。多分、唐松〜祖母谷〜白馬の2日間は、 誰一人としてすれ違う人がいないことは容易に推察されます。

 今回は単独の長期山行ゆえ、人の通らないようなところでもし何かあった ら致命的な結果になってしまいます。ねんざ一つで最悪の結末を迎える可 能性もあるのです。人が入らないようなルートをコースとして選ぶリスク は、僕には負えないな、と思いました。

 とすると、あと残されたコースは、不本意ながら一つしかありません。八 方へくだって、猿倉まで徒歩で歩くルートです。


 朝も例によってごはん三杯のおかわり。当然、おひつは空で盛りかえです。 いっぱい食べたところで出発ですが、さすがにおなかが重い。くいすぎで おっこって死んだとかいったらしゃれにならないので、慎重に行きます。 小一時間登っ、いや、下ったところで口ノ沢のコル、最低鞍部へやってき ました。ここで一旦休憩です。テント禁止とペンキで書いてありますが、 水がないことを除けば多分快適な一夜を過ごせるテントスペースでしょう。 荷物を下ろして、水を飲みます。この水は種池から持ってきた水です。ま だこれが残っています。無雪期の縦走では、結局水が一番重い荷物。少し悔しい気分です。
 休憩している間に同宿者に続々と追い越されます。サングラ スのおじさんも追い越していきました。
 僕の記憶によれば、長い垂直にちかい鎖のくだりがあるはずなのですが、 気づかないうちに通過してしまったようです。北尾根の頭で追いついて、 一旦は僕が先行しますがすぐ追い越されます。ふりかえると鹿島槍が頭を 出しています。北尾根の頭には道標が立っています。
 次にやってくるのはG五というピークなのですが、よくわからないうちに 本峰にとりついていました。本峰にとりついてしまえば、あとは危険なと ころはなさそうな感じです。軽い登りを経てピークに到着です。そして、 五竜の山頂でふたたび追いつきます。
もうガスが沸いてきて、あまり展望はありません。正面に唐松岳が見えて もおかしくない筈です。なにやら大きい山がありそうなことはわかります が、その全容は明らかになりません。

 僕はすぐ山頂を離れて、少し離れたところで昼食のラーメンを沸かします。 少し遅れをとって五竜山荘へ下っていくと、あれ、どっかで見たことがあ る人がやってきます。飯豊…とかなんとか言っているので何のことかと思っ たら、飯豊の山小屋で百名山完登祝いのお酒を配った人の中にこの二人、いました。
 先月、飯豊山で百名山が完登だったので、一升瓶を背負っていって同宿者にふるまい酒をした。勿論僕のことだから、一升瓶だけでは足りなくて小屋番の焼酎まで取り上げて飲むような始末でしたが、その同宿者の中にいた二人と再会です。ときどき感じることですが、やはり山の世界は狭いと思いました。


 五竜山荘へは二箇所の鎖場をこなして、五竜山頂から四〇分。五竜山荘の 前には本日は混雑が予想されますので一畳に二〜三人とか掲示されていま す。そうか、今日は土曜日なんだね。もう長いこと山に入っているので、 日付はともかくとして曜日の感覚はすでに失われてしまっています。五竜 山荘はこの時間すでに大入りになっていました。

 五竜山荘はトイレだけ借りてスルーです。水は、種池でわけてもらったや つがまだ残っています。白岳へ上がって、唐松岳を一路目指します。しば らくはのどかないい道ですが、やがて一部の人には不帰のキレットよりも いやらしい場所があると評された鎖場がやってきます。もう今日はだいぶ 歩いて疲れているので慎重に行きますが、そんなにひどい場所はないよう に思いました。でも、鎖のアンカーがケミカルアンカーではなくて錆きっ たハーケンだったりするところもあって、「…これ大丈夫か?」な気分に なったところもあります。まあ、鎖場の場合静加重ですから支点へのスト レスは少ない。今まで鎖が抜けて落ちたとかいう事故は聞いたことがない ので、これで大丈夫なのだろうと、信用するよう自分に言い聞かせます。 でも、その次の鎖が、バッチリしたケミカルアンカーの鎖で、しかも支点 を三箇所から取っていたりするのを見ると、…やっぱりハーケンがアンカー の鎖なんか信用できないんじゃないか、という気になります。

 唐松岳頂上山荘は鎖をこえて岩峰をまわりこんだところにあり、ガスの中 から浮かんできました。
 最初に唐松岳頂上山荘が見えたときの感想。でかい小屋だ…白馬山荘には 負けますが、えらく大きい小屋です。そして、膨大な数の人が小屋の前で 休んでます。そして、空身で唐松岳を往復する人の膨大な数のデポされた ザック。鎖場をこえたら、突然都会のど真ん中に放り出されたような感覚 に陥ります。すごいなあ。人だらけだなあ。唐松岳って人気なんだなあ。

 唐松岳の頂上へは実荷で二〇分。当然、いってきます。とりあえず、ザッ クをおいてテクテクと行きます。行きますが、前が詰まって進めません。 思い通りのペースでは進めないのです。だいたい一五分くらいかかって、 唐松岳の頂上に立ちました。展望はほとんどなく、足元の不帰キレットだ け少しガスの合間から見えているのが唯一です。

 今日は唐松岳までの予定で、ここでテントを張るつもりでしたが、まだお 昼です。まだ行けますので先へ進むことにします。唐松岳から八方へ向かっ て下って行きます。しばらくは山腹をトラバースするようなルートです。 一箇所なんでもないところに鎖がかかっていましたが、全然鎖なんか要ら ないところです。多分、北アルプス入門者とか、ひどい場合八方池の観察 にやってきた人が、ちょっとそこに見えるからとかいうわけのわからない 理由で上がってくるのでしょう。整備状況はムチャクチャ良好です。アル プスの登山ルートは総じて整備状況は良好ですが、それでもアルプスの登 山ルートとは思えない位しっかり整備されています。この間、人が途切れ ることがありません。子供づれやツアーの人もやたら一杯いますが、それ にもまして多いのが、へばっている人…はい頑張りましょうね。八方尾根 あたりでへばっているとみっともないぞ。
 八方尾根は、昔雪上訓練でやってきたことがあります。第三ケルンあたり までしかきませんでしたが、一面の銀世界ですばらしい展望の場所だった ことを覚えています。が、今歩いているところの周囲は樹林帯…何も見え ません。まさか、冬にはこの樹が埋まるまで雪が降るのか?そんなに雪は 深くなかったはずだぞ、と思いつつ進んでいくと、間もなく丸山ケルンに 到着です。間違いなく冬の方が歩きやすい感じがします。夏は岩がゴロゴ ロしていて歩きづらく思いました。
 続いて、尾根筋を暫く歩くと第三ケルンにやってきます。このあたりまで くると左右とも展望のある稜線に変わります。少し下に、見覚えのあるト イレが見えました。左上のガスの中に見え隠れしているピークは白馬岳でしょう。 あとはリフトまでもうすぐです。

 左下のほうに駐車場が見えています。駐車場から八方の町のなかまでは道 があるのは知っているのですが、そこまで降りるにはリフトに乗らないと いけないらしい。もう、いいや、という気分になっています。
 今日はキレット小屋から八方池山荘まで、コースタイム一一時間を歩きと おしました。もう足は限界です。もう、いいのです。リフトはいいことに します。
 八方池山荘について、サングラスのおじさんはそこで待っていました。力 強く、リフトで下ります!はい、一緒にリフトに乗り込みました。ああ〜 楽チンだ〜。リフト、ゴンドラと乗り継いで、一五分か二〇分の空中の旅。 一四〇〇円の代金とひきかえに、八方のスキー場下駐車場へおりてきまし た。あっという間に下界の暑さが戻ってきます。つい先ほど二七〇〇mの 高みにいたとは嘘のようです。

 下界へ降りてきて、まずやるのは当然!温泉でしょう。温泉です。僕の地 図には日帰り温泉施設がいっぱい書いてあります。八方の街の中を少しぐ るぐるして、第二郷の湯というところへやってきました。およそ一〇日ぶ りの入浴です。

あ゛〜〜〜〜

 氷がお湯の中で溶けていくような感覚です。
 靴擦れがしみます。とてもお湯の中に足を入れていられません。でも、我 慢しているうちに調子よくなってきます。

 もう、それまでは全く歩けないと思っていましたが、お風呂を出ると意外 と調子がいいものです。靴擦れは相変わらずですが、明らかに足は軽くな りました。もう歩くのは不可能。街中を温泉まで歩くのだって無理、と思っ ていましたが、温泉から出るとまた歩けるような気になるから不思議なも のです。

 温泉が終わったら、次はビールです。はあ?また飲むんですか?どうやら、 また飲むみたいです。それも、正常な判断ができなくなくなるまで飲みた いらしいです。今日の予定はどうするか未定ですが、すでにコースタイム 一一時間を歩きとおした今日まだ尋常ならぬ距離を歩く可能性もあるし、 しかもどうせそのへんにテントを張って寝てしまうのです。正気の沙汰で はできません。いや、できないことはないですけど、しらふでは良心が邪 魔をします。酔っ払っていた方が楽なのです。誰かと一緒にいるときはハイだけど、一瞬の刹那を楽しんだあと一人にされると急に寂しくなる。下界の中途半端に人気のある場所でひとりきりの一夜を過ごすには、まともな判断ができないくらい、酔っ払っていた方が格段に楽なのです。

 で、サングラスのおじさんたっての希望により生ビールを探しますが、も うそこが八方のバスターミナル。そんなのものは都合よくありませんでし た。あちらはもうここで山行終了なので祝杯です。結局、瓶ビールとたこ やきで乾杯、になりました。昨日はアルファ米を二つ譲ってもらって、結 局、今日「も」おごってもらってしまいました。何か、乞食山行になりつ つあります。


 いい具合に酔っ払って、あとはどこまででも歩ける感じです。八方信号の わきに、地図に書かれてはいませんがローソンがあります。ここでチョコ レートとビールを買って、チョコレートをかじりながら歩きます。もう周 囲は暗く、そして歩き始めるとすぐ雨がやってきました。雨具をひっぱり だしますが、酔っ払いのやることです。このときに雨具のスタッフバッグ をなくしてしまったようなのです。全然気づかずに、ご機嫌で歩きます。 左の方に、ガードレールに囲まれた広くなっているスペースがあります。 いい幕営スペースです。でも、ここだと明日の行程がしんどい。今日はも うちょっと…と思って、見なかったふりをするのですが、考えなおしてこ こに泊まることにしました。少し上にはペンションの暖かそうな明かりが 見えています。まだここは明らかに町中で、警察が通りかかったら職務質 問必定です。でもまあいいべさ。もう雨が降ってますし、これ以上はヘッ ドライトなしでは歩けません。酔っ払いにしてはいい判断です。ビール片 手におみやげに持たされたたこ焼きを食べて、すぐに寝に入ります。一晩 中車の通りは途絶えなかったみたいですが、なにしろガードレールに覆わ れて車が入ってこれない場所です。車に踏まれる心配はありません。音さ え気にしなければお構いなしです。

今日は疲れています。泥のように眠り込みます。



*コースガイド

キレット小屋からスタートですので、八峰キレットの続きから歩き始めま す。朝イチから危険箇所を通過するので、十分体を目覚めさえておいた方 がいいでしょう。本文の通り、普段準備運動なんかしたことがない人でも、 朝準備運動をしてから出かけるのが良いと思います。
前日と同じで、五竜をこえて、五竜山荘までは慎重に行きたいところが何 か所かはあります。ルート取りは、五竜→キレット小屋、より、キレット 小屋→五竜、の方がおそらくルート的には楽でしょう。逆ルートの場合、 五竜からの下りなどのザレが多少鬱陶しく感じられ、精神的消耗が大きい ことと思います。ただ、五竜からキレット小屋に向かった場合、1箇所下 りの厳しい鎖がありますので、ここは慎重にいきたいところです。
五竜から唐松の間は、何でもないような印象がありますが、実際にはかな りしんどい鎖場のルートです。一部の人は不帰よりも悪場がある、と評し ている位ですので、できればあまり疲れていない時間に通過するのがいい でしょう。
五竜岳と五竜山荘の間は、鎖が2本かかってますが、いずれもたいしたこ とはありません。私でも五竜いけるかしら、なんて言っていた人もいます が、まあ三点支持ができる人ならまず問題なく登頂できるでしょう。

唐松岳と八方の間は、本文のとおり極めてよく整備されており、ルートを 示すペンキのマークもしっかりついています。標高の高いハイキングと考 えていいでしょう。天気が荒れたりしない限りはとくに難しいことはない と思います。

八方地内は迷路のように道が入り組んでいます。ゴンドラステーションで 地図のコピーをくれますから、貰っておくのもいいかもしれません。ゴン ドラ降り場から、温泉を経由してバス停まで一五分か二〇分くらいあれば 十分でしょう。バスはかなり早い時間に終わってしまいますが、タクシー を利用してもさほど料金は高くないでしょう。バスは白馬行きのほかに、 本数は少ないですが長野行きというのも出ていますので、長野から新幹線 で帰るプランも考えられると思います。

区切り線
写真 とりあえず、朝がきたので写真をとってみました。
写真 口ノ沢のコル。テント禁止と書いてありますが、テント禁止と書いてあるということはテントを張るのに都合がいい場所、ということに他なりません。でも、こんなところでテント張るのはやめましょうね。
写真 ふりかえると、鹿島槍の双耳峰がきれいに見えました。でも、天気はこのあと下り坂です。
写真 五竜岳の頂上へやってきました。
写真 えーっと…たぶん、これは唐松岳だと思います
写真 岩峰をまわりこむと、向こう側に唐松岳頂上山荘が見えてきます
写真 唐松岳の頂上にもやってきました。
写真 えっと、不帰キレット方向を撮った写真です。
写真 向こう側に唐松岳頂上山荘が見えています


最終更新日: 2016/07/22 by htmltophp.php




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