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八月二十四日(縦走二十九日目)
朝日小屋〜朝日岳〜サワガニ山〜犬ヶ岳〜白鳥山〜日本海・親不知


 太平洋日本海縦走。諦めたのはいつの日だったろうか。
 実現可能なのは二九歳まで、あと三年内には、と思っていた時期もあった。 そして、大病で不治の病を患います。二八日毎に病院へ通わないといけな い体になってしまった。もはや、太平洋日本海縦走を実現するのは不可能 だと信じていた。しかし、チャンスは巡ってくるものです。事故さえなけ れば、まもなく日本海へ下山し、太平洋日本海縦走は完成することになり ます。

 小屋では今日は栂海山荘まで、と書いてきました。が、最終日パワーがか かってきました。今日はなんとか曇天で天気が持っていますが、明日以降 は前線と台風の影響で悪天に捕まる可能性が高い。とすれば、天気の持っ ているうちに栂海山荘より先へ行っておきたい。
ここからコースタイム一一時間程度の白鳥小屋までは、多分いけるでしょ う。と心の中では踏んでいます。が、表の心の裏側に、内なる心でもう一 つの思いを持っています。

今日、ゴールするんだ。

 避難小屋に泊まるとビールが飲めないから下山するわけではありませんが、 親不知までは、コースタイム一五時間。多分、歩けばいけないことはない はずです。最終日というものは、どんなに疲れていても気力だけでどこま ででも歩けるものです。四時に出れば、下山が一九時。まあ、一時間くら い遅れたとして、二〇時頃には下山できるはずだ。とりあえず白鳥山荘ま で行って、そこで先へ進むかどうか決めればいい。

 下山のチャンスを残すため、少し早立ちにします。四時に歩き始めて、朝 日岳の山頂へ上がります。雨は降っていません。ほぼ日の出の時刻のよう ですが、日がどこにあるかわかりません。ここは通過することにします。 地図をちらっと見て、栂海新道はもう少し先。数分歩くと分岐がやってき ました。栂海新道、と書かれています。ようやく、栂海新道へやってきた のです。ここを左へ折れて、今栂海新道へ入りました。あとはいくつかエ スケープルートがありますが、もう下りだけ。いくしかない体制です。
 少し大きく下って、池塘の点在する場所へ出てきました。なかなかいい雰 囲気です。でも、木道は少なく、あっても傾いてしまっていたりして使い 物になりません。この傾いた木道に足をのせたらツルッと足を持っていか れました。危ない危ない。こんなところまできて怪我はできません。
 歩く人こそ少ないですが、登山道の荒廃が目立ちます。栂海新道は木道の 整備が急務でしょう。
 しばらく行くと、目の前に大きな池が見えてきました。池塘のわきへ一度 おりるのか、と思って、正面を見てみると、真正面に木道がついています。 そして、その終端は池の中…えっ、この池渡るの?凍りつきます。こんな 登山道は、八年山やってますが、はじめて見ました。どうやら、この池に 足をつっこんで渡れということらしい。考えていても仕方ありません。こ の水の中に、足をつっこみます。

 昨日、靴の内側を頑張って少し乾かして、濡れていますが水が沁み出ない 程度にはしました。その、頑張って乾かした靴に上から水が入ってきます。 昨日の半日の努力は、結局わずか一分ほどで終了してしまいました。水の 中はにちゃにちゃしています。また新しい靴擦れができてしまいます。

 黒岩平あたりまでは別天地のような地塘の点在する土地をさまよいますが、 黒岩山までくると、あとは忠実に尾根をたどっていきます。海はまだ見え てきません。それどころか、自分の向かっている北側遠くにかなり高い山 が見えています。ということは、あの山の向こう側までは歩いていかない といけないということです。
 黒岩山で一人休憩をしている人がいます。栂海新道を登りのルートにとっ た人で、この時間ですから多分昨日は栂海山荘に泊まったのでしょう。今 日は誰ともすれ違わないと予め覚悟しておいたので、この遭遇はなぜか嬉 しかった。続いて、数組のパーティとすれ違います。悪天が予想される中 エスケープルートの乏しい栂海新道を登ってくるタフさに乾杯。

 ルートはほとんどガスに覆われて、サワガニ山も犬ヶ岳も見ることができ ません。黙々と足を進めて一時間半。サワガニ山で休憩に入ろうと思って いたのですが、もうダメ、このピーク上がって休憩しよう、と思って上がっ たところがサワガニ山でした。これが、今日最初の休憩になります。ここ に座って、靴下を絞ります。真っ黒な液体が滴り落ちました。

 北俣の水場を通り過ぎます。栂海新道の水場の状況はイマイチ不明だった ので、今日は二L、背負ってきています。水場へ降りる必要はありません。 登山道上に水場の表示があり、登山道からは往復一〇分程度とのことです。 出ているかどうかは、当然確認しませんでしたのでわかりません。

 大登りすると、犬が岳へ出ます。山頂から少し下ったところに栂海山荘は たっていました。右手にはおおきなヘリポート。思っていたよりも立派な 小屋です。あたりに人の気配はありません。

 小屋の中に入って、昼食にします。もしかしたら、これが山の中で最後の 食事になるかもしれません。そして、再び靴下を絞ります。ばんそうこう はこれで終了です。もし明日があるとすれば、明日はばんそうこうなしで 耐えなければなりません。

 栂海山荘でちょっと下り道を探しますが、下り道と書かれている道標を発 見してそちらへたどります。栂海山荘を過ぎる頃から樹林帯に入りました。 急な下りを下りきると、途端に暑くなります。下界は厳しい残暑なのでしょ うか。いや、この感覚だと、今日は日のあたらない涼しい日でしょう。海 で泳げるような日差しの日ではありません。いつしか、ガスの下へ出てき ました。標高は順調に下げているようです。黄蓮の山をこえたところに水 場がありました。ここにも水場の表示があります。たぶん北俣の水場と同 じ感じで往復一〇分程度かかるのでしょう。
 ここからは、なかなか標高を下げてくれません。菊石山へのぼりかえして、 ようやく下ったかと思ったらロープにつかまる急登です。あちこちで登山 道から逃げる蛇の尻尾をみかけます。その多くは判別不能でしたが、一匹 いました。銭型模様でしっぽまで太いやつ。マムシです。ああやっぱりマ ムシはいました。昨日雨ふって、今日は晴れているから登山道へ体を温め にやってきているだろうという予測はやはり当たっていました。変なとこ ろに手足をつっこんだりしないよう注意しながら登っていくと、下駒ヶ岳 と書かれた山へ出てきました。とにかく忠実に稜線を辿るので、いやとい う位アップダウンがあります。そろそろ疲れてきました。もう足は上がっ てくれません。登山道は一旦西へ向きをかえ、隣の無名小ピークで再び北 へ向かいます。そして、北に見えるあの高い山の上へ出るのです。

 しかし、その高い山はさほどしんどくありませんでした。手前のニセピー クを登っている間にずいぶんと標高を稼いで、取り付いてみれば山頂まで は一登り。右の方に水場へ行くものと思われる細い踏み跡がありましたが、 この場所に道標はありません。ちょっとのぼりはじめるとすぐ目の前に小 屋が見えました。

 ここが、白鳥小屋です。

 ここで、泊まるか行くか、決めなければいけません。
 あと四時間、頑張れば下界です。時間は、概ね一時半になろうかという時 間です。下山予定時刻は五時三〇分。日本海の夕日には丁度いい時間でしょ う。もう、僕の頭の中には一泊するという選択肢はありませんでした。今 日は、行くのです。
 栂海山荘をこえて以来、水の消費量が格段に増えています。行動用の水は ほぼ終了です。一泊できるように、と思って持ってきた水があと一.五L ありますが、これに手をつけはじめれば、宿泊などできません。

 白鳥小屋には先客がいました。やけにフレンドリーなので、どこかで会い ましたっけ?と聞いたら、いやはじめてだとのこと。南アルプスから歩い てきて、あと四時間でゴールだと言ったら、記念写真撮らせてくれ、とき ました。一緒に記念写真におさまります。でもサイトのURLは教えません。 先客は今日下る、とかいうので、これはタクシー相乗りか、と思ったので すが、話を聞いてみると車できているそう。とにかく今日は下るらしいの で、まだこの時間から下る人がいれば心強い。このグループを先行させて 後から追いかけます。が、このグループ、すぐ左の斜面へ降りてしまいま した。白鳥小屋すぐ下の駐車場に車をとめていたのです。

 結局、 今日は一人で夕日とおいかけっこです。もう、誰もいません。お祝いしてくれる人もいません。

 もう、登山道にはアルプスのおもかげはありません。里山を歩くような感 覚で下っていきます。道標には「海」と書いてありました。いよいよ海と 対面です。階段が用意されていますが、このステップがえらいすべりやす い。足を滑らせないように慎重にいきます。ほどなくして、シキ割の水、というところに出ま した。そして、その隣には幕営スペースもあります。頭から水をひっかぶっ て体温を下げます。もう限界近し、といったところです。

 日は傾いてきました。もう何時間かすると、日本海が夕日に染まります。できれば、夕日の時間に間に合うように下山したい。そして、最後のゴールはアカネ色で染めるんだ。

 ここからは劇的な下りに入ります。転がり落ちるように下りますが、滑り やすい階段で足を踏み外して本当に転がり落ちそうなので気をつけていき ます。計時でタイムより少し遅れて、目の前に林道が見えました。坂田峠 です。ここからは尻高山までのぼりかえしになります。予想通り登山道は はっきりしており、ヘッドライトでも下れる位です。まだ、海は見えてき ません。坂田峠から五分くらいのぼりかえしたところで休憩にします。

 体力は残されていません。ブドウ糖を口の中につっこんで、あとは気合と 執念で歩き続けます。尻高山を過ぎると、スギ林に変わりました。いよい よ下界が近いことを知らされます。そして、再び林道に出てきます。

 見えました!

 ようやく、海がみえてきました。もう、あとは一時間と少しです。

 つらい一時間少々でした。二本松峠の先の登りは完全にバテバテで、入道 山で荷物を投げ出して座ります。あと、あと三〇分だというのに、もう座 り込んで呆とします。もう、動きたくないのです。結局、その三〇分を歩 くために、五分は座っていたでしょうか。

 だいぶ、長い時間休んでいたような気がした。

 もう、すっかり日が傾いて、樹林の中は暗くなりはじめています。間もな く五時になります。歩かなければ下山できません。座っていても、歩いて も、歩かないといけない距離は同じです。ようやく立ち上がる気になりま した。

 もう、車の音はそこまできています。高度計にちらっと目をやると、二八〇m を示していました。五時を少し回って、そろそろ休憩を、と思った頃、下 の方に黄色いテントのようなものが見えました。が、テントだと思ったも のは、工事用の車両でした。いよいよ道路です。尻高山からちょうどコー スタイム通り一時間四〇分。道路のわきへ出てきました。少し横に回らさ れて、栂海新道登山口の木でできた門をくぐり、アスファルトの上に立ち ます。道路の交通量は多く、横断歩道の類はありません。もう走れません。 ゆっくり渡るしかないのです。この道路を渡るのが最後の難関です。

 道路を渡って、親不知観光ホテルの前へやってきました。が、ここはまだ 標高が五〇mくらいあります。ここをゴールにしてもいいのですが、やは り海岸まで出たい。が、海岸らしきものがあるような地形ではなさそうで す。よし、ここがゴールでいいや。と思って前を見ると、海岸へのおりく ちがありました。なるほど、ここを下ればいいのか。駐車場に荷物をおい て、空身でこの階段を下っていきます。結構下ります。あまり草の刈り払 いがされていないようで、コンクリ打ちの階段のほうにまで草が伸びてき てしまっています。
 一段一段、丁寧に、いや、もうそろりそろりとしか歩けないのです。そし て、左に多分古い国道八号線の跡でしょう。トンネルの残骸を見ます。も う一段下ると、そこに海はありました。ごろごろの礫でできた海岸です。

 そして、海に立ちました。
 今、ゴールです。

 僕がもっと若ければ、そのまま海にとびこんでしまうところですが、少し は峻別ある大人になったということなのか、こういった縦走をやるにはも う年を取りすぎてしまったというのか、もう海に飛び込む体力も残ってな いというのか、とにかく、海の縁に立って、行ったのはそこまででした。

 日本海の水で、手を洗います。
 ドロドロの、土だらけの手は少し綺麗になりました。

 ゆっくり座って、夕日を見てやろうと思っていたのですが、空腹の方が勝 ちました。レストランへGoです。今おりてきた階段を、今度は登り返し ます。が、もう登り返す体力などどこにも残っていません。手すりにすがっ て立っているのがやっとです。足はもう言うことをきかないので、手すり につかまった手を頼りにします。靴擦れの痛みに耐え、極限まで疲労した 足を一歩一歩上げていきます。ようやく駐車場に戻ってきて、座りこみま した。水を口にします。


 さて、親不知へやってきて、日本海でカニを食べるのと、日本海の夕日を 見ると、事前に公言していました。いよいよカニを食べるときがやってき ました。

 自分の姿はボロボロです。Tシャツは泥を塗りたくったような状態になっ ています。ズボンは穴が三箇所。ひざはビリビリになっています。そして、 血が滲んだ跡が二箇所。裾どころか膝までぬりたくったような泥色をして います。さらに年季の入ったボロボロの登山靴。靴下は真っ黒で、左右と も踵に穴が開いてもはや靴下としての機能をなしていません。

 これで、レストランに入るのです。

 嫌がられるだろうな。着替えようかな、と思ったのですが、着替えはもう 何日も水浸しで濡れたまま乾いていません。すっぱい匂いを発しています。 着替えても、どっちも同じです。もう、そのまま行ってしまうことにしま した。

 レストランに入って、地のものを頼みます。が、もうホテルの夕食の時間 とバッティングして大したものが作れない、という。カレーライス位しか できないらしい。仕方ないのでカレーライスと、生ビールを注文しました。 下界へおりてきて、初めての食事が、さんざん山の上で食べたものと同じカレーライスになるとは予想だにしま せんでした。

 おみやげを買って、タクシーに乗り込みました。
 太平洋から、歩いてやってきた、日本海の夕日。タクシーの車窓からちらっ とだけ見ることができました。

この縦走に関わって、足掛け七年

カタチは思い描いていたのとは違ったけれど、ようやく完走して、決着を つけることができました。


きっと、来年はもっとうまくやれる。


長らく待たされて、ようやく、電車がやってきました。
そう信じて、親不知の駅を後にした。




*コースガイド

良い子は二日にわけて歩きましょう。半分でも七時間と八時間。二日にわ けたとしても、決して甘い行程になるわけではありません。コースタイム 一五時間を一日で踏破するのは、どう考えても普通ではないと思います。 特に危険なところはないですが、雨の後はグチョグチョになるのでスパッ ツがあると便利です。
マムシの多いルートなので、不用意にやぶの中に手をつっこんだりしない よう注意してください。登山道を普通に歩いている限りは、ヘビの方から 逃げてくれるのが普通と思います。

親不知観光ホテル
http://www6.ocn.ne.jp/~oyasiraz/

料金はそんなに高くないので、ここで一泊して翌日の電車で帰るという手 もあると思います。

栂海新道登山口から、親不知駅間には歩道がありません。交通量は多く、 スピードも速いのでこの道路を歩くのは危険と思います。道路を渡るとき も相当な注意が必要です。親不知観光ホテル前のレストランに公衆電話が ありタクシーが呼べます

区切り線
写真 朝日岳の山頂に立ちました。
写真 いい稜線でしょ。
写真 朝がやってきたようです。左手を見ると、富山湾の海が見えています。でも、目指す親不知の海はまだだいぶ先。まだまだ見えてはきません。
写真 緑がきれいな登山道です。忠実に稜線をいきます
写真 さわがに山岳会の皆様、栂海新道の整備、たいへんありがとうございました。栂海新道がなければ、この縦走は実現しませんでした
写真 犬が岳の山頂へやってきました
写真 道標に、海と書いてあります。何かおちゃめです。
写真 海が見えました!
写真 この、門をくぐってやってきました。ふりかえると、栂海新道登山口と書かれています
写真 道路を渡るにも慎重さが必要です
写真 日本海の海です
写真 無事日本海に到達することができました。


最終更新日: 2016/07/22 by htmltophp.php




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