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〜コラム〜
敗退の日

残念なことに、僕は一度目の挑戦で縦走が成功したわけではありま せん。いやむしろ、散々敗退して、やっとの思いで成功させたといっ ていい。
当時は僕もサラリーマンをやっていました。入社するときに太平洋 日本海縦走はやる、と説明しており、いずれ休みをとるのはお互い の了解事項です。
年末までに一年分の仕事を終わらせればいつ休みをとってもいい、 という仕事だったのですが、こういう仕事はえてして普通の勤務時 間では到底終わらせることができない量の仕事を任されます。 恒常的に月二〇〇時間以上の残業をしていました。二週間の休みは 比較的容易でしたが、それ以上の縦走はやはり仕事が足枷になって しまいます。

四年前の夏、本当につまらない仕事で連日朝から朝まで仕事をして いたときに我慢の限界がやってきました。しばらく休みを取る、と 言い残して会社を出ます。結果、三日目には早々に足をいためて、 登山口までたどりつくこともできずに下山してきました。

一日目は大浜公園から一七キロの舗装道路歩き。おりしもその年一 番の熱波で行動するのも危険な温度。途中のコンビニで水をかって ひっかぶって体温を冷やすような状態。早々に行動を打ち切りました。

二日目は標高差一〇〇〇m、二十七キロの舗装道路歩き。早朝に異 様な荷物を背負って学校の前を歩いていたら職務質問にひっかかり ますが、あとはもう自販機もなければコンビニもない山の中です。 予定の場所までいけず、道路わきの草むらの中にテントを張りまし た。夜中ダンプカーが通る場所で、寝心地は最悪です。

三日目。朝、足に激痛です。舗装道路歩きは登山道歩きと違って足 のダメージが大きくなります。筋を伸ばしてしまったらしい。そし て、予定していた水場の蛇口をひねっても水が出てこない。水も尽 きました。電車のあるところまで歩いて敗退にすることにします。 井川の駅まで出たときには、もうまともに駅の階段も登れないよう な状態でした。病院で一ヶ月の安静を言い渡されます。

この年は結局出直して南アルプスを一番南から一番北まで歩きとお しましたが、その後過労で斃れるまで太平洋日本海縦走をするチャ ンスはめぐってきませんでした。


最終更新日: 2016/07/22 by htmltophp.php




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