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そのあまりにも神々しい響き。
そのあまりにも凛々しい峰々、
遥かなる山−

美しい緑、清らかな水
そして、人を寄せつけない。

南アルプス、日本でもっとも深き
神をも近づけなかった山々。

そして、僕にとって、南アルプスというところは、それ以上 に遠い山だった。広河原に入ること2回、夜叉神へ1回。こ れまでにわずかに登った山は、豪雨にたたられた鳳凰三山し かないのだ。それとて、最奥の地蔵岳まで辿り着けたわけで はない。僕はただの一山も南アルプスでの完全な登山はして いないのである。

広河原に入ったうちの1回は、車をとめることもできずに敗 退。もう1回は北岳への登高で標高差を読み違い、体力配分 を間違えて敗退。あの時の悔しさを、今も忘れることはでき ない。
その後、僕は南アルプスの主稜線上のすべての山に登頂する、 「南ア全山縦走」というものを知った。日本の夏山一般ルー トにおいて南ア全山縦走は聖寵であり、ルート内に国内標高 順で2位、4位、6位、7位、といった山、3000mの峰々 がひしめく縦走。ずっと富士山を見ながら歩くスカイトレイ ル。そして最深部へ足を踏み入れるこのルートは、夏山登山 者にとって、1つの究極のルートでもある。

僕の手元に、「私の南アルプス」という本がある。当時はお ぼろげにしかわからなかったその本の端々が、今は強烈な印 象として、鮮明に思い出される。そう、僕にとって南アルプ スはこの本であり、あの日いった大井川の清流であり、岳人 の南アルプス特集であり、そして、サントリー南アルプス天 然水ののCMであり、広河原から垣間見た大樺沢であり、乗 れなかった北沢峠行きのバスであり、芦安という語感であり、 林道に入った最初の、あの電光掲示板でありコンクリート舗 装であり、あの手彫りのトンネルであり、そして「私の一名 山」で語られた下りられない山であり、何度もお世話になっ た南アスーパー林道入口交差点のサンクスであり、本当に、 ほんとうにいくつもの、いくつもの思いがぎっしりとつまっ た、3年間、手の届くことのない宝箱であった。

そして、この日がくるのを、ずっと待っていたのだ。

昨年、不幸にも日程があわずに北岳へ登るチャンスを逸して しまったまま秋を迎えてしまった私は、今年は決行の年と捉 え、年があける前から日程の調整をしていた。この、10日 間の休みをとるために、僕は12月31日の夜も、1月1日 の深夜も、ずっと仕事をしていたのだ。そして、何度明け方 まで仕事をし、パソコンに向かったまま寝たことか。

それでも日程はずれにずれ、天候の安定している時期、花の 時期は終わってしまった。裏銀座、北ア馬蹄山行も計画して いた私は、このうちのいずれか2つを諦めざるを得ないとこ ろまで追い詰められてしまったのだ。正直いって、南アは1 度失敗しているだけに、万全の体制で望みたい。しかし、今 最も登りたいのは南アルプスだ。花期も終わってしまったが、 あの悔しさを来年まで持ち越したくはない。とにかく、北岳 と間ノ岳の2つだけの「登頂」だけでも果たしておきたい。

仕事らしい仕事もないまま、そこにいなければならない自分。 その自分に隙ができたのは、本来の計画から1ヶ月もずれこ んだ、8月のはじめだった。天気は万全。これを逸すことは、 僕にはできなかった。

最終更新日: 2016/07/22 by htmltophp.php




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