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今、身延線の車内でこの文章をしたためている。例年であれば車両の左手に席を陣取って 歩いてきた山々を眺めてみるところであるが、今年は下山が一筋縄ではいかず、すでにあ たりは真っ暗である。下山の日はいつも長い1日になるが、今年はこと長かった。

いつもの年であれば、何がしかのメモを取っているのであるが、初日にボールペンが書け なくなったため、今年は1文字もメモを取っていない。記憶を頼りに文字を書き起こした ので、若干の誤りはあるかもしれないことをはじめに断っておこうと思う。

文章を書く合間に、自宅のベッドで2時間ばかりひっくり返って動けなくなった。
やはり、疲れていたのだと思う。

ちょうど10年前、夜叉神から光岳まで13日かけて歩いた。あのときは、まだふつうの 体を持っていた。メチャメチャな仕事のしかたをしていた頃だった。24時間48時間、 連続で仕事して、動けなくなると会社の椅子を並べて2時間ばっかりひっくりかえって、 復活したらまた働かされた。そうしないと間に合わなかった。

体を壊したのは翌年だった。

もう、そういうのはやめようと思った。


南アルプス全山縦走10年の節目に、再び南アルプス全山縦走をやってやろう。そう、 思った。あのときから、10年分歳をとった。増えた経験値は、衰えた体力をカバーし てくれるのだろうか。
あの当時のようにぎりぎりの日程ではなくて、少し余裕をもって、どこかで連泊してや ろう。
そこで、天15、小屋2の17日で計画をした。


8/1 夜叉神峠〜南御室小屋

ずっと好天を眺めながら、過ごしてきた。8月に入れば雷もくるようになる。条件的に は時期が遅くなれば遅くなるほど悪くなる。ずっと、好天を眺めながら、出発の日を待っ ていた。

選んだ、というか選ぶことのできた出発日は、8月1日だった。

午前2時に登山口についたので、2時にスタートする。おそらく途中で足がつるはずなので、 どれだけ時間がかかるかは読めない。時間の余裕はあればあるだけありがたい。

丁寧にストレッチして、荷物を背負った。ぐっとくるが、身長が変わるほどの重さではな い。30キロはこえていないようだ。だが、おそらく足の筋力はついてこないはずだ。今 日はあがりきることだけを目標に、ていねいにていねいに歩く。

登山口には夜叉神ノ森(登山口)から、上の夜叉神峠まで60〜90分と書かれている。 歩きやすい登山道ではあるはずだが、それでもきっかり90分かかって、夜叉神峠へ出た。 小屋はまだひっそりとしずまりかえっている。そして、向かい側は北岳と月明かり。思っ たほど展望がすぐれないのは、少し木が伸びたせいなのか、記憶違いなのか。

この場所で写真を狙うのは、あまり良くない気がしたので、日の出を待たずに上を目指す ことにした。あがりきることだけに専念して、タイムはつとめて気にしないようにした。 杖立峠を過ぎる頃にはライトが必要ない状態になる。そして、山火事跡。こちらのほうも 思ったほどは展望がよくない。以前きたときは冬だったので、冬と夏の違いなのか、やは り木が伸びたのか。

予想ではこのあたりで足がつるはずなのであるが、わりと順調である。コースタイムを2 割がたオーバーするsteady slow paceが功を奏しているのか、あっさりと苺平へあがって、 9時にはすでに南御室小屋でテントを張っていた。

辻山へいっておけばよかったと思ったのだが、けっこう登りがあるし、峠や山火事跡の感 じからいくと、多分ここもそんなに展望はよくなかったのではないかな、と勝手に想像し て言い訳にする。

すこし昼寝なんかをしようと思ったのだが、暑くてとてもテントの中にはいられない天気。

もうすこしすると他のテントの人もやってきた。おばさん夫婦はいちばん奥にテントを張っ たようだ。そして、別の2人組。けっこう荷物大きいかな、と思ったのだが、光岳まで行く、 と吹聴している。

僕もいちおう光岳まで行く予定で入っているが、長期縦走というのはミズモノなのである。 行けるかどうかは多分に運もあるので、僕は光岳まで行くとは言わない。「甲斐駒をこえ て、あとは行けるところまで…」みたいな感じで言葉を濁す。


今回は、バタバタと慌てて荷造りしてでかけてきた割には、忘れ物のたぐいは少なかった。 だが、いくつか、重大な欠品があった。

ライターが1本しかない。当たり前だが乾燥モノしか持てなかったので、ライターに火が つかないと食事ができない。1個はあるから、当面は支障がないが、この1個がつかなく なったり、なにかの拍子に行方不明になったりすると非常にまずいのである。普段は予備 を持ち歩いているはずなのであるが、なぜかたまたま1個しか入っていない。ザックの中 をひっかきまわしてみたのだが、予備はみあたらなかった。

もっとまずいことがあった。

僕は普段家計簿をつけているので、山行中の支出も記録している。天気図用紙の裏に、テ ント場代、と書こうと思ったら、ボールペンが数文字書いたところでダウンした。

まずいのである。


ボールペンは1本しか持ってきていない。家計簿もつけられないし、メモ書きもできない のだが、そんなことでは死なない。だけど、天気図が書けないと非常にまずいのである。

とにかく、ボールペンをぐりぐりしてみるが、書けるようにはならない。
そんなしているうちに16時をむかえてしまい、結局天気図は取れなかった。

ただ、紙を眺めながら聞いていた感じでは、太平洋の高気圧を伝えなかった。



8/2 南御室小屋〜薬師岳〜早川尾根小屋


薬師岳で朝日をみたいので、午前2時起き。できるだけ静かに片づけをしていると、一 番奥のテントの電気がついた。あんなところまで聞こえるはずはないのだが、と思って、 いたが、午前2時半にヘッドライトをつけてスタート。
しばらくは樹林の中を歩いて、森林限界をこえたところで写真。富士山が出迎えてくれ た。南の魅力はいろいろあるが、富士山が眼前に見えるのも南の魅力の1つだといって いいと思う。

さらに薬師岳へ向かってすこし下り登り返す。小屋はしずまりかえっていた。日の出の 時間の薬師岳は僕が1人占めでいい写真が撮れたと思う。
南御室から日の出前に薬師岳まで登ってくるのはさすがに一苦労だが、薬師岳小屋から 薬師岳まであがってくるのはさほど難があるわけでない。このいちばんいい時間に、い ちばんいい場所にいないというのは、すごくもったいないと思うのである。


軽く赤色に焼けた岩稜を後に歩く。タカネビランジの間を歩いて、赤抜沢ノ頭から高嶺 を経る。ここからは展望がなくなるので下っていくのはすこし名残惜しいけど、早く小 屋につきたいので止まらずに下る。手を使ってくだる急なくだり。白鳳峠、広河原峠を 経て早川尾根へ。

早川尾根もけっこうゴミが目立つ。拾いたいが、この荷物では拾うことができない。拾 えたとしても、拾って2週間も持ち歩けというのは酷だ。見てみぬふりをするが、果た して僕の縦走にゴミを見て見ぬふりをするほどの価値があるのかどうか。


早川尾根小屋でも1番にテントを張ることに。まあ、場所がここだから、僕とあと数組 だろうと思っていちばんいいところに張らせてもらう。しかし、予想外にテントの数は 増えた。

隣に入ったのは、やはり仙丈まで行くという男性。「えっと、仙丈まで行って、その先 はどうするわからない」と言ったら、「僕と行程が似ていますね」だそうだ。この人と、 しばらく行程を共にする。

奥に張ったのは、昨夜も奥に張っていた夫婦。すいません今朝起こしちゃいましたか? と聞いたら、うちらも2時起床の予定だったので大丈夫です、とのこと。

そして、光までいく2人組がやってきて、広河原からあがってきて明日は鳳凰へ行くと いう単独の人がきた。まあ、だいたいこの位かな、と思ったら、12時すぎくらいになっ てもう1人やってきた。昨夜は南御室で、今日は仙水峠までいきたいのだが、という話 だったので、「この時間からだったら、止めはしないけどおすすめはしない」と答えて おいたら、ここでテントということになった。この人もやはり仙丈までいくとのことで、 もしかしてテントはじめてなんですか?と聞いたら、テントはじめてだそうだ。テント はじめてにしては大胆な計画を立てたなあ、と思ったのだが、この人ともしばらく行動 を共にすることになった。

今日もとりあえずラジオを聞き流すのだが、太平洋に熱帯低気圧を伝えた。これが台風 に変わるようで、どこかで停滞になりそうな雰囲気だ。どこで停滞になるだろうか。渡 渉のある両俣小屋はこえておきたいが、北岳の稜線で台風を迎えるのはしんどい。まあ、 まだ発生したばかりで状況はなんともいえない。もうすこし進んでから場所を調整しよ うということで、この日は熟睡することにした。





8/3 早川尾根小屋〜アサヨ峰〜栗沢山〜仙水峠〜甲斐駒ヶ岳〜北沢駒仙小屋


3名での行動になった。テントはじめて氏は、昨日出発が遅くなったのを反省して今日 はヘッドライトでの行動。朝はやく出て、2時間ばかり進んだアサヨ峰の1つ手前のピー クで3人で日の出をむかえる。最高の天気になった。
もうすこし行くとアサヨ峰。槍の方までよく見えている。これから登る甲斐駒はだいぶ 高く聳えている。

日が上がってきたので栗沢山でUV対策。本当は日焼け止めなんていう重い物は持ちた くないのだが、まあ、腕が火ぶくれになるのは目に見えている。顔のほうはすでに下界 での日焼けが進んでもう手遅れだが、それでも多少なりとも対策をとっておかないとま た顔の方も悲惨なことになるので、きちんと日焼け止めを塗る。


僕は本来翌日に計画していた甲斐駒だが、同行者今日のうちに甲斐駒に登ってしまう、 というのでおつきあいした。
荷物を仙水峠の、あまりひと目につかないところに置きまして、ザックカバーをかけた。 サブザックには雨具と水。サブザックは持つかどうか逡巡したが、どう考えても何度か 使用することになるので折角なので持ってきた。
サブザックなので駒津峰までは快調に登る。あれもう駒津峰だっけ?と思ったところは 残念ながらニセピークだったが、駒津峰までは楽々だった。だが、その先がしんどかっ た。ちょっと前半のペースが早すぎたようだ。
白砂のザレに入ってから息も絶え絶えになり、ようやくの思いで甲斐駒ヶ岳の山頂を踏 む。展望はまずまずで槍もうっすらと見えているが、やはり朝方にはかなわない。やは り、朝方展望の出る場所にいる、というのは大事なのだ、と改めて認識した。


少し山頂でゆっくりして、名残惜しい甲斐駒の山頂から下山する。下山しはじめるとす ぐに後ろにおばさんがついたので道を譲ったのだが、いや私遅いので、なんて言う。だ けど、この人足が速い。僕が次々に人を追い抜いているのに、おしゃべりしながら後ろ にぴったりついて離れない。一方、前についた人はまったく道を譲る気配がない。僕だ けならうしろをついていくのだが、後ろがいるのでちょっとショートカットしたらすべっ て手をすりむいてしまった。

…まあ、下山までには治るでしょう。

駒津峰から転がるようにして下山してくると、光まで行くグループがちょうど栗沢山か らおりてくるところだった。このときはじめてちゃんと話をしたのだが、台風の動き次 第で停滞もしくは下山かな、なんて話をする。
彼らは甲斐駒を明日にするそうなので、1日差がつく。むこうは学生さんで足の速度は そんなに違わないというか、むこうの方が速いはずなので、もうこれ以上差がつくこと はないだろう。僕は途中1日停滞だから、百間洞あたりでまた一緒になるだろうと思っ て「追いつかれたらまたよろしく」という具合に挨拶をして別れる。

仙水峠からは実荷。実荷になると実に重く感じるが、今日の行程はあと下りだけ。とく に危険なところもなく、駒仙小屋までおりてきた。

駒仙小屋は建て替えのため休業中だが、テント場と売店は営業中。
まずはテント場の確保。すでにだいぶたくさんの数のテントが張られていて、3張りひ とつづきのテント場は確保できなかった。

駒仙小屋で、「易老渡までの道は通行止で車が入れない」と案内される。まあ、このあ たりは予想の範囲内だ。易老渡から国道まで歩くか、畑薙へ下山するか、最終的にはど ちらかになるだろう。もうすこし近くなってからどちらにするか決めればいい。

駒仙小屋は車の入る小屋なので、たしかビールが回りより安かったはず。それを期待し て入山後初ビール、と思ったのだが、値段を見たら500円。だいぶ落胆します。コー ラが1本250円だったので、ポテトチップスをつまみにコーラで乾杯。

この日も暑い1日でテントの中にいられず日陰を求めて移動。テント場から見える小仙 丈を見上げて、高いね〜明日はあれ登るんだねえ、なんて会話。

明日は1000m以上登ってから仙塩尾根を歩く、しんどい日になる。
当初の予定は早川尾根小屋−仙水峠テント−甲斐駒−藪沢小屋泊−両俣小屋、の予定だっ た。
「だとすると、藪沢小屋泊はうまく行程を刻めていいでしょ」
「だけど、藪沢小屋が土曜日になるんだよね。小屋混まないかな」

前に泊まったときは藪沢小屋はさほど混んでいなかったが、土曜日となると話が別だ。 僕も藪沢小屋の混雑に自信がなかった。それで、今日のうちに甲斐駒に登って土曜日 両俣、というプランにのっかった。


4時前にラジオの電源を入れてみるが、この場所は入感しない。となりで立派なラジオ を使ってやはり天気図をとっている人がいる。ぎりぎり入感します、とか言っているが、 4色のボールペンを駆使して丁寧に書いているようだ。ちらっと見せてもらったら、台 風は西の方へ移動している。北上しないうちは影響はないはずなので、明日明後日くら いは安泰なようだ。


隣のテントに、「明日少し早い時間になると思いますが、申し訳ありません」と挨拶し て寝ることにした。





8/4 北沢駒仙小屋〜仙丈ヶ岳〜両俣小屋


早立ちは、どこまで早くなれるのだろう。

昨日の時点では、明日はまあ、展望が出るのはだいぶ上だから日の出はあきらめるとして、 今日よりすこし遅いくらい(=3時すぎか4時頃)かな、なんて言っていたのに、「午前」 1時30分ごろごそごそと足音がする。外をのぞいて見ると、隣をはさんで1つ向こうの テント、すでに撤収をはじめている。おいおいもう出るのかよ、なんて思ってあわてて撤 収をはじめる。ワケのわからん時間に両隣のテントで撤収をはじめられた人には、静かに やっているとはいえ迷惑だったことだろう。


2時少し前に歩き始めまして、4時前に5合目を通過。日の出10分くらい前になんと北 側の展望が出た。甲斐駒と日の出の撮影をした。はじめて氏はすでに先行。もう1人はす ぐ下にきている。

日の出を見て、仙丈ヶ岳の山頂へ。標高差1000mは、覚悟を決めていたせいもあるが、さほ どキツい印象ではなかった。はじめて氏はすでに大仙丈をこえてしまったようだ。もう1人 と少し話し込みまして、大仙丈方面へ。北沢峠から仙丈の間は時間も早いにかかわらず何人 かとすれ違ったが、ここをこえるとほとんど人はいなくなる。仙丈から大仙丈までの間は若 干だけ注意が必要になる。


もう1人も先行させまして、1人でマイペースでの行軍。くだりはまあ悪くないが、のぼり になるとからっきしである。そろそろ樹林に入るだろう最後の展望だろうと思って、2755 付近で座り込む。ここでくつしたをぬいで放湿する。かかとを見るとだいぶ皮が浮いている ようだ。

2755をすぎるとほどなくして樹林に入り、マルバダケブキの花畑。苳の平を過ぎたこ とを小さい道標から確認して、高望池はそろそろかな、と思ったところで伊那荒倉岳の展望 のない山頂をこえた。

あとはもう時計だけを気にしながら耐えて歩くが、横川岳へののぼりにかかると足が止まる。 タイムを12分ばかり残して横川岳の山頂に立った。これではじめてタイム通り歩けたこと になるのか、と思いきや野呂川越まで20分近くかかった。危険な場所はないのだが、とに かく倒木が多く、大きい荷物だと拷問のようである。
野呂川越からの下りもCTで40分となっているが、1時間近くかかって両俣小屋へおりて きた。地図の裏面に、CTに関する注意書きが書いてある。「40〜50歳くらいのパー ティ、小屋泊の荷物」。僕はその、若いほうにもうすぐかかろうという年齢だ。荷物は小屋 泊どころか、一目見て南アでも異様な大きさ。けっこうな頻度で、「すごい荷物」と言われ る。まあ、CT通りにはいかない、というのはわかる。だけど、10年前は休憩を含めてC T通りだった。地図を見ると、あの当時よりCTは甘くなっている。それだけ体力が衰えた ということなのだろうか。トレーニング不足、ということもあるが、なかなかうまくいかな いものである。

こんなに早く出たら午前中には着いちゃうね、なんて言っていたもう1人氏はすでに両俣小 屋でテントを張っていた。宿帳を見ると、明日は広河原と書いたようだ。今日両俣小屋まで いければ、明日は北岳に行く日程的余裕はある、なんていう話をしていたのだが、北岳には あまり惹かれないとも言っていた。どうやら、北岳にはあがらず林道を歩いて下山すること にしたようだ。ということは、今日でお別れである。
はじめて氏は、もう1泊で北岳までまわりたい、と切望していたが、両俣小屋に泊まらずに 先にいってしまったようだ。

両俣小屋といえば、名物ひやむぎ、である。値段のほうも500円とリーズナブル。以前も 頼もうとおもったら、もう夕食の時間だからできないといわれたことがあるので、今日は ちょっと頑張って早めに歩いてきた。
テントと、あとひやむぎ、と言ったら、すぐできないけど急ぐ?とかいう。別に急ぐ理由は なにもないので、あとでいいです。で、ラーメンを作ることにしたら、お湯が沸騰した絶妙 なタイミングでひやむぎできましたの声がかかった。実にうまかったが、写真を撮り忘れて しまったなあ、と気づいたのは食べ終わった後であった。もう1杯頼むか?いや、写真のた めにそれはないだろう。



長期縦走は、下界の誘惑をいかに断ち切るか、も課題である。昨日の駒仙小屋は車の入れ る場所。今日は林道を若干歩かないといけないけど、まあ下界みたいなものだ。下界が近 くなると、下界が恋しくなる。


明日の予定は、中白根沢ノ頭を経由して直接北岳へあがり、北岳山荘で天泊。それで、 宿帳の明日の行動予定にも北岳山荘と書いた。とくに何も言われなかった。だが、近 くにいる人に聞いたら、あの人に中白根沢ノ頭のコースは通れないよ、と言っといて、 と言っていたという。

あと2時間ばかり歩けば下界の場所で、ライターは1個しかない。メモ書きもできない。 天気図も取れない。易老渡へおりられない。そして、明日の予定コースは通れない。な んか、明日あたりから天気も崩れるらしい。

これで、完全に折れたのである。もう、明日は下山しよう。
もう、明日は下山。

目の前に人がいるので、座って話しかけてみた。
中白根沢ノ頭のコースから北岳からおりてきて、折れちゃって明日下山するという。 僕ももう折れたと伝える。明日下山しようかな、とりあえず北岳まで回ってから下山 しようかな。下りてとんかつ食べたいな、なんて。
折れちゃったので、この後折れちゃったかどうかホームページに確かめにきてくださ いよ、と名刺を渡してみた。

これで、本当に折れちゃったらさすがにかっこ悪い。もう行かないわけにいかなくなっ た。明日は、登高である。

コースが問題である。中白根沢ノ頭−北岳、のコースが通れないとすると、野呂川越− 三峰岳は確定である。だけど、その後が問題だ。順当に南下なら、三峰岳から先は熊 ノ平だ。だけど、いちおう、今回は南ア全山縦走、という表題なので、農鳥岳はとも かくとして、北岳をはずすわけにはいかない。1日余計に日程をとって、北岳をまわ るか。地図をよく見返してみると、三峰岳経由でも北岳山荘まで6時間30分と出た。 標高差は3193mをまわる北岳経由よりも2880mまであがればいい三峰岳経由 の方が楽なはずだ。三峰岳経由で北岳山荘までいって、サブザックで北岳を往復すれ ばいいだろう。ということで、三峰岳−北岳山荘−北岳−北岳山荘天、ということに 決定した。



8/5 両俣小屋〜三峰岳〜間ノ岳〜北岳〜北岳山荘

今日は5日目になる。一般に長期縦走というのは、荷物が軽くなるまでじっと我慢 である。なるべく消耗を少なくして、高度慣れや筋力がついてくるのを待つのが得 策であると思う。その、いちばんつらい日が4日目とされている。その、4日目を のりきった。今日から少しは、少しは楽になってくるだろうか。

昨日は頭が回っていなくて、2880mまで上がればいいと思っていたが、最高点 は北岳山荘ではなくて、間ノ岳である。間ノ岳は3189m。冷静に考えなくても、 実は北岳回りと標高差は変わらない。このことに気づいた時、少し落胆した。


両俣小屋から野呂川越までののぼりかえしは夜中登ると迷いやすいだろうと踏んで、 少し遅い時間に出発する。3時30分のスタート。ヘッドライトをつけての行軍に なったが、うすあかるいので大丈夫だろう。だが、歩き始めてすぐ、道がおかしい ことに気がついた。あきらかに、今歩いている場所は道と違う。ただの涸れ沢の中 だ。ちょっと戻ってみたが、どうも正規の道に戻れない。ヘッドライトだから周囲 の見通しもないテープの類も見当たらない。まずい。ちょっとザックを下ろして落 ち着いてみた。落ち着いてみて、もう少し今きたと思われるコースを強引に戻って みたら、元のルートに戻ることができた。10分くらいロスしたが、無事コースに 戻って登高再開である。
少し登ると、後ろから人がやってくる。ヘッドライトをつけてなので、通常この時 間に人と出会うことはない。この人は農鳥小屋まで行くという。先行させるが野呂 川越で休憩中のところを追い越した。20分ばかりいったところで追い越されるが、 再度休憩中のところを追い越した。休憩しなくて大丈夫なのか?とか聞かれたのだ が、1度背負ったらおろしたくないというか簡単にはおろせないというか重さのザッ ク。1時間に1度のペースでは休憩は取らず、1度背負ったら2,3時間は歩き通 す感じである。いや、休憩とってますよ。
もうちょっと行くと、ほぼ同じペースで一緒に歩くことになった。
2699付近のかなりしょっぱい鎖場は少し手助けしてもらい、その後先行させる。 彼が三峰岳のピークへいっている間に僕は三峰岳の基部へやってきた。山頂へいく のは造作もないことだが、まあ、三峰岳は基部でいいことにして、ここでくつした をぬいで放湿する。
彼がおりてきて、今日は農鳥小屋に泊まるという。じゃあ、大門沢へ下るのですか? と聞いたら、大門沢はテント場がないのでとかなんとか言い始めた。いや、ありま すよ。というわけで、地図を見せた。今年発売の新鮮な地図である。じゃあ、それ なら大門沢までいけるな、とか言って間ノの方へ去っていった。僕はそれを追いか ける。

間ノ岳の山頂に立った。空は青空。塩見や北岳は紺碧の中にあった。

1時間30分ばかり歩いて、北岳山荘のテント場到着。明日は同じ道を戻るので、 いちばん手前のいちばん上の段を確保した。
小屋へいってテント場の受付をする。さすが大手の山小屋だけあって、いろいろ なものが置いてある。ふと横を見ると、ライターが置いてある。売り物ですか? と聞いたら売り物です、と言う。迷わず1つ購入した。
いろいろ置いてあるので、筆記用具はないですよね?と聞いてみた。やはり、売 り物の筆記用具はないそうだ。
だが、問題のライターが買えた。とりあえずはなんとかなりそうだ。


そして、ここから空身で北岳へ出動するのであるが…なんかガスが上がってきま すねえ。
北岳は7回目の登頂になるが、はっきりいって天気であたったことはない。今日 もまた、真っ白なガスの中。北岳にきただけ〜。ということで来ただけでひきか えす。

北岳から帰って、話し相手が欲しいので、小屋の前に出張ってみた。だが、誰も 話しかけてくれない。北岳山荘は南アルプスでは特殊な山小屋。人がやたら多く て、人情が薄い都会のような場所だ。適当なところを潮に自分のテントに戻るこ とにした。

もう、疲れてしまった。ボールペンがあれば天気図を取る気になるが、書けない ボールペンでは天気図は取る気になれない。もう、ラジオの電源を入れただけで、 ろくに聞かずに数分で電源を切ってしまった。


午後5時くらいになったら、小屋の人が天気予報をプリントして持ってきてくれ た。それによると、明日がいちばん悪くて、朝は曇り、昼は晴れで15時くらい から雨の予報になっている。明後日以降は週間天気に雨はない。ということは、 明日は午前中が勝負である。


8/6 北岳山荘〜間ノ岳〜農鳥岳〜三国平〜熊ノ平

疲れが抜けない。朝がつらい。もう、朝がきても寝ていたいのである。

朝、降っていない感じだったのでヘッドライトで歩き始めるが、ほどなくして 雨に変わる。間ノ岳をこえるころにはだだ降りになった。天気予報によると昼 は晴れることになっているので、雨が降っても朝がただけだろうという読みで ある。だが、なかなか晴れてくれないどころか、だんだん天気は下っているよ うにさえ見えた。

今日どうするかは、かなり悩みどころである。雨の中農鳥は登りたくない。も う、農鳥はいいことにして農鳥はスルーして熊ノ平へ行く事にするか、今日は 農鳥小屋に1泊して明日農鳥に登って明日熊ノ平にするか。悩んだのだが、や はり今回の縦走に農鳥岳ははずせない。面倒くさいノウトリオヤジと話をしな いといけない、とか思ったのだが、農鳥小屋でテントの受付をした。

テント張って午前中停滞して、昼頃雨があがれば農鳥に登る。どっちしても熊 ノ平は明日。

テント場と小屋が若干離れているので、テント場に荷物をおいて、水筒を持っ てテントの受付へ。変だ変だと言われているノウトリオヤジには別に何も言わ れなかった。水は有料で2L譲ってもらった。

テント場に戻ると、雨はほとんど上がっていた。今からいけば今日熊ノ平を確 保できる。それっ、と農鳥岳を目指すが、歩き始めると再び雨。もう出発して しまったので突撃して、1時間30分後には農鳥岳の山頂に立った。

雨の中だが、とにかく農鳥岳の山頂には立つことができたので、今日は熊ノ平 を確保することにする。場所代を払ったテント場には結局テントを張らずに次 を目指すことに。

三国平へのまきみちまで相当登り返して、まきみちへ入る。まきみちだが、ど んどん下っていき、涸沢におりたった。道らしきものはみあたらないが、ペン キはまだ下についているようだ。すぐ下にペンキのついた石があって、だいぶ 下のほうにペンキらしきものが見える。

「…」
「こんなに下るところ、あったっけ?」

とにかく、ペンキは下なのでくだっていった。だが、道というには少しおかし い。昨年の台風の影響でだいぶ崩れてしまったようだ。そう考えると、どうも 道の痕跡らしいところは存在する。

だが、あまりにも歩きづらい。オカシイナ、と思ってふりかえってみる。今お りてきたところにはしっかりペンキがついているが、行き先の次のペンキがみ つからない。

「あ、多分道を間違ったな」

と思って、いったん戻ってみることにした。
重荷で登山道でないところだから、戻るのはしんどかったが、とにかく戻って 周囲を見回してみると、下ではなく、対岸の上のほうに登山道はついていた。 下のペンキは、上からおっこったものであるようだ。なんとも人迷惑なペンキ である。これで20分のロス。上へあがる。もう、上がるのがしんどい。

農鳥小屋で買った2Lの水は、本当に申し訳ない、と言いながら地面に吸い込 まれた。持っていっても、1時間先のクマではいくらでも水が出ているし、重 しにしかならない。このときほど申し訳ないと思ったことはなかった。

この巻き道は、あとは歩きやすく、CT2時間通りで三国平へ出た。ロスタイ ムがあったものの、ようやくほぼCT通りで歩けるようになった。

農鳥小屋からから2時間後、別天地に立つ。雨はあがっていた。
三国平は僕の好きなところ。荷物をおろすか?でも、何かそういうゆとりが、 今山行を通して存在しなかったように思う。午後から雨がくるはずだ。その前 にテントを張ってしまいたいので、そのまま通過してしまった。

小屋の方へ行くと、すでに何名かがテラスでくつろいでいる。昨日北岳山荘で テントを張っていたそうで明日三伏へ行くという僕と同じ行程。雨が降ってい たので間ノから直接クマに向かってきたそうだ。かなり愛想がよくてとりあえ ず酒、とかいってウイスキーをふるまわれた。

それを、飲みなれないのに調子に乗って飲んだものだから、もう気持ち悪くて 動けない。とにかく酔っ払った手つきでテントを張ったが、動けないまま4時 間ばかり記憶をなくす。なんともまあ、優雅な午後の時間を失敗してしまった。 ラジオの時間はとうに過ぎている。もう、台風11号がどこへいったのか、と んと見当もつかない。もう、諦めて寝ることにする。


8/7 熊ノ平〜北荒川〜雪投沢〜塩見岳〜三伏峠

昨日は酔っ払ったが、それでも1番に出発する。2時か、2時30分くらいだっ たろうか。長丁場なので、少し早めに出発しておきたかった。竜尾見晴はまだ 真っ暗で、しかもガスの中だった。もうすこし歩いて、北荒川岳直前でヘッドラ イトをはずす。北荒川岳のテント場跡には予想通りテントが1張り。まだ出発の 準備をしている。

ここから、雪投沢のテント場跡まではよかったのだが、北俣岳への登りはメチャ メチャだった。たぶん、地震か台風かでメチャメチャに崩壊したのだろう。とん でもないガレのふちで、ザレともガレともつかない、手がかりすらない登山道を 歩かされる。手がかかっていないから、足を滑らせたら死ぬ、可能性が高い。

もう、よつんばいになって、緊張の中登っていく。ときどき安全地帯があるので、 立ち上がって腰を休める。のぼりはいいが、くだりはとてもくだれるような状況 ではないと思った。

南のいいところは、危険なところがほとんどなくて、平和にのんびり歩けるとこ ろだと思っていた。だけど、そうでもなくなってしまったようだ。

塩見の山頂へ出た。例年であれば、それなりに人が居座っているはずなのである が、今年は誰もいない。しばらく座っている間に3組4組、ポツポツと人が登場 したが、百名山としてはきわめて静かな山頂、ってやつを満喫することができた。


塩見の山頂でケータイをいじる。たしか、auは入らなかった場所だったと思う。 今年、ケータイをauからドコモに変えた。甲武信小屋でauが入らずドコモが 入る、という理由でドコモに変えたわけなのだが、ドコモは南アルプスでも入感 地点が多いようだ。
「これから危険地帯。明日たぶんケータイが入ると思うので連絡します」

まあ、塩見の下りなんか、たいしたことはなかろう。と思って下ったら、けっこ う浮き石が多くて思ったよりもあぶなっかしい。僕は縦走なのでふつうの人と時 間が違うからあまり人とはすれ違わなかったが、混雑の中で歩く人は、よほど注 意していないと被害者にも加害者にもなりうる。よくよく気をつけて欲しいと思っ た。

塩見小屋さえこえてしまえば、基本的には下り方向。あとは惰性で三伏峠小屋ま でいく。時計だけ見て、計時しながら歩く。休憩に入ろうと思ったのだが、のぼ りはじめたのでそろそろ本谷山だろうと思って、じゃあ山頂で休憩に入ろう。だ が、その後40分以上も歩かされることになった。

計時であと10分くらいの時間になったら、分岐がやってきた。右へいけば目の 前が小屋だが、とりあえず水場へいかないといけない。分岐のところに荷物をお いて、水場を往復する。5L積んで、よろよろと小屋へ向かって歩く。
ちなみに、水場にはクマが出るようなので、音の出るものを持って行くと安心で あるとともに、早朝夕方はなるべく行かないほうが安全かと思いました。

テントの方は、今年は少しさびしい位の張り数だ。一昨年はたしか張る場所を探 し回った記憶がある。今年は数えるほどだ。

小屋の前で携帯電話が入るので、下界と連絡を取る。


夕方になって、昨日のおじさんが登場した。
だいぶ遅かったので、「蝙蝠いってきたのですか?」と聞いてみた。きのう、ち らっと「蝙蝠いって三伏峠は無理ですかねえ」なんて言っていた。だいぶ遅いの で、てっきり蝙蝠へいっていたのかと思っていたが、どうやら普通にまっすぐ歩 いてきたようだ。





8/8 三伏峠〜小河内岳避難小屋

今日は「やあ、またきたね」と言ってもらえる日。小さい小屋の小屋番には けっこう顔を覚えてもらっているが、南の小河内と中岳ではだいぶよくして もらっている。特典があるわけではないですが。


2時間30分の行程の軽い休養日。回りのテントがザワザワしはじめる頃 に起き出して、普通の時間にスタートする。普通の時間にスタートしても、 …到着するのは7時。ええ、まだ掃除してないからちょっと外で待ってて ね、と言われましたとも。

で、荷物をバラしまして、受付です。畑薙へ下山、と書いたら、畑薙から 静岡駅までのしずてつジャストラインも止まっているというではないか。

そこでまた折れるわけですよ。


ジャストラインが止まっているということは、最悪、井川駅まで歩くこと になる。歩いたことがあるだけに、そのしんどさはよく知っている。

それはイヤだ。

よくよく話を聞いてみると、井川観光協会の送迎車が走っているほか、い くつか交通手段はあるそうだ。だが、…

いちばんいいのは、三伏峠へ戻って、鳥倉へ下ること。
だけど、さかんに「なんとかなるからいきな」と言われる。
三伏峠へ行くようだったら言ってから行って、と言われていたが、とりあ えず中岳までは行かないといけない。

とりあえず、中岳まではいきます、と言って、南へ向かうことにした。


区切り線

   
   
   
   
   
   
   山火事跡
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   ライチョウ
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   伊那荒倉岳山頂
   
   
   
   
   三峰岳山頂
   
   
   
   
   間ノ岳山頂
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

最終更新日: 2016/07/22 by htmltophp.php




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